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神速の陰陽師 〜ロンドン事件簿〜  作者: 風花
第八章:エメラルド・チェイス ―翡翠の森の亡霊と、雷鳴のチューニング―
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緑の迷宮の不協和音(ノイズ)

 ロンドンの北方に位置する、広大な公有地「ハイゲイトの森」。初夏の眩い新緑に包まれたその周辺で、不可解な事故が多発していた。

「……待って、サクヤ。あの車、変よ」

 ハヤブサを路肩に止め、後部座席のアリスが森のふちを指差した。そこには、ガードレールを突き破り、森の茂みに突っ込んだばかりの最新型電気自動車があった。

 二人は買い物帰りの通りがかりだったが、アリスは、その車から漏れ出す「音」の異常に立ち止まらずにはいられなかった。

「……また電装系か。一週間に三台目だぞ」

 朔夜がハヤブサを降り、事故車両に歩み寄る。運転手はパニック状態で「急にナビが狂って、森の方へハンドルを切らされた」と喚いていた。

 朔夜が半開きのボンネットを覗き込むと、そこには異様な光景が広がっていた。

「サクヤ、聴いて……。回路の火花に混じって、何か……無数の指先が基盤を引っ掻いているような、嫌な音がするわ」

 アリスが顔を背けながら呟く。

 朔夜がライトで照らした先――電子制御ユニットの隙間からは、焼け焦げた緑色の「粘液」が、まるで生き物のように蠢きながら溢れ出していた。それは回路を短絡させるだけでなく、機械の内部から「森の蔦」へと書き換えようとする呪詛の痕跡だった。

「……ただの故障じゃねえな。妖精ピクシー、あるいはそれに近い『森の残滓』だ。奴らは規則正しい電子のリズムが大嫌いだからな。……街の電気を苗床にして、森の領域を広げようとしてやがる」


 そこへ、ハイゲイトの森の奥にある変電施設を保守している知人の技師から、切迫した連絡が入る。施設の制御システムがこの「緑の粘液」に侵食され、巨大な蔦によって建物ごと押し潰されようとしているというのだ。このままではロンドン北部が一斉に停電し、防御を失った街に怪異が溢れ出す。

「アリス、一度ガレージへ戻るぞ。……今のハヤブサのままじゃ、森に入る前に俺たちの電子制御(ECU)も苗床にされる」


 ベーカー街に戻った朔夜は、日本から持ち込んだ古い「真鍮の歯車」と、最新の高性能プラグを取り出した。ハヤブサの心臓部に、古の雷神の呪術を宿したパーツを強引に組み込んでいく。

「電気火花に、俺の霊力を直結させる。……アリス、お前の耳で、火花の『爆ぜるリズム』を完璧に合わせてくれ。お前がハヤブサと共鳴してくれなきゃ、この術は完成しねえ」

「……わかった。私に任せて」


 再び訪れたハイゲイトの森の入り口。

 午後六時を過ぎ、森の奥からは初夏の夕闇とは異なる、不自然に濃い「緑色の霧」が溢れ出していた。

 ハヤブサに跨る朔夜の横顔は、かつてなく鋭い。

 エンジンヘッドからは銀の導線が剥き出しになり、術式を刻んだ真鍮ユニットへと繋がれている。

「準備はいいか。ここから先は、一瞬でもリズムが狂えば、俺たちの意識も森に飲み込まれるぞ」

「……大丈夫。あなたの心拍も、ハヤブサの音も……私が全部、繋ぎ止めておくから」

 アリスが朔夜の背中に密着し、ハヤブサのタンクにそっと手を触れる。彼女の指先を通じて、機械の鼓動が彼女の感性とダイレクトに同調した。

「土御門流・雷法――『鳴神』。……いくぞ!」

 朔夜がセルを回した瞬間、ハヤブサの排気音は変貌した。

 パパパパパンッ! と、高電圧の放電を伴う、耳を刺すような鋭い破裂音。

 ハヤブサの両サイドから、青白い稲妻の残像が揺らめき、銀色の車体を包み込む。

 霧の中へ、ハヤブサが突き進む。

 直後、森の木々が一斉にざわめき、うねるような蔦が地面から這い出した。

「――読めたぞ、妖精どもの不協和音!」

 朔夜がスロットルを開く。

 ハヤブサが放つ「雷鳴」が、森の干渉を物理的に弾き飛ばし、緑の迷宮の中に一条の光の道を作り出していった。

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