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神速の陰陽師 〜ロンドン事件簿〜  作者: 風花
第二十二章:サマー・フェスティバル ―螢火の祭りと迷い子の鈴―
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不協和音(ノイズ)の増幅

「サクヤ、来るわ! 音が――真っ黒に塗りつぶされていく!」

 アリスが鋭く声を上げたのと同時だった。

 境内の喧騒を貫いて、鼓膜を直接針で刺すような不快な高音が響き渡る。楽しげだった笛の音は、喉を潰された獣の断末魔のような不協和音へと変貌し、祭りの熱気を一瞬で氷つかせた。

 御仮屋に安置された古い神輿の影から、ヘドロのような闇が染み出し、無数の「手」となって参道を歩く人々へ這い寄る。

「アリス、エレーナを連れて下がってろ。……ったく、祭りの最中にメンテナンス不足の神を呼び出すんじゃねぇよ」

 朔夜は帯から引き抜いた符術を二枚、両指の間に挟み込み、一気に霊力を流し込んだ。

 彼の術式には、伝統的な陰陽師が重んじる優雅な所作など微塵もない。それは、エンジンの点火タイミングをミリ単位で追い込み、爆発的な出力を生み出す二輪整備士の思想そのものだ。霊力を「効率」という名の型に押し込め、最短距離で対象を粉砕する暴力へと変換する。

「サクヤ、危ない!」

 エレーナの悲鳴が上がる。

 神輿から溢れ出した闇が、巨大な蜘蛛のような形を成し、背後から朔夜を飲み込もうと跳ねた。

 だが、朔夜は振り返りもしない。

「――遅い」

 一言。

 朔夜が地を蹴った瞬間、その姿が視界から消えた。


 神速。

 爆ぜるような衝撃波が参道の砂利を巻き上げ、朔夜は闇の塊の「中枢」へと一瞬で肉薄した。手に保持した符術が、スパークプラグが放つ火花のように青白く爆ぜる。

「っらぁ!」

 叩きつけられたのは、繊細な呪術ではなく、霊力を物理的な質量へと叩き変えた無骨な一撃だ。

 ベチャリ、と嫌な音がして闇の蜘蛛が地面にめり込む。だが、怪異は霧散することなく、周囲の闇を吸い込みながらさらにその肥大化していく。参道の提灯が次々と破裂し、逃げ惑う人々が転倒し、阿鼻叫喚のノイズがさらに怪異を太らせていく。

「サクヤ、違うわ! それはただの排気音ダミーよ! その怪物の『核』は、まだ神輿の中――一番調律が狂った鈴の音の中にある!」

 人混みの外縁で、エレーナを抱き寄せたアリスが叫ぶ。

 術は使えずとも、彼女の耳は万物の振動を音として捉える。彼女には見えていた。のたうつ闇の巨体は単なる霊力の残渣であり、真の「発信源」は、神輿の屋根で震える、錆びついた金色の鈴であることを。

「核はあの鈴か。……チッ、面倒な。アリス、ピンポイントでラインを指定しろ。障害物ノイズごと最短でぶち抜く」

 朔夜は浴衣の裾を膝まで捲り上げ、神速を維持したまま、アリスの「導き」を待った。

 それは、世界で唯一アリスにしかできない、朔夜という剥き出しの暴力に「正解」を与えるための調律だった。

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