バイト時間
いつも通りの学校も終え、そのまま喫茶店のバイトへ向かう。
今日は天野から言われていた通り、昼休み後から魔法連盟の職員が数名訪れて昨夜の概要を聞いてきた。
質問の内容としてはどれも簡単なもので細かい話は天野から連絡されていたらしいが、問題は量だ。
昨日はなぜ魔法科高校に近づいたのか。
バイト終わりの時間からなぜそんな遅くまで外出していたのか。
どんなモンスターと鉢合わせていたのか。
他の誰かに昨日の事を話したのか等々・・。
気づけば昼の授業も終わり下校時間ギリギリまで解放されなかった。
「なんとかバイトの時間には間に合うけど、はぁ~・・」
夕暮れの時間。
周囲には仕事帰りや夕飯の買い出しをしている大人達や同じく学校帰りの学生、門限で遊び帰りであろう小学生など様々な人達が帰路についている光景がある。
この瞬間の感覚を俺は子供のころから不思議と好きなのだ。
言葉にしていうのは難しいが、なんとなく何もない日常がいつも通りにある。
そんな何気ない感覚に干渉に浸りながら、今日は金曜日であると言う事もあり喫茶店が忙しい日でもある為、少し肩を落とす。
バイト先の喫茶店は朝から昼までは軽食がメインの食事で経営しているのだが、夕方からはほとんどレストランのようなメニューが中心となりお客さんも増えるのだ。
さらには金曜日と言う事もあり、休日前に外食する人達が増える。
その為この曜日ではほとんどのバイトがフル動員で出勤しなくては追いつかないのだ。
これをアルバイトを雇うまで1人で経営していた店長には頭が上がらない。
「おはようございま~す」
喫茶店の裏側にある出入口から入りいつも通りの挨拶をする。
店長はホールかキッチンだろうからほとんど誰もいない倉庫みたいな場所だが、たまに在庫確認しているバイトもいるのでとりあえず挨拶をしておく。
『チッ、マズいな。 今日ハ金曜ナノに在庫ガ少シ足りねェ。 ドウスッカ』
「・・・」
『ん? あァオマエか。 珍シク今日はギリギリダナ。 早ク着替エテこい』
「あ・・・はい」
指示されたように更衣室へ向かい中へ入る。
すると中にはすでに藤原が更衣室で何事もないようにスマホを触って勤務時間まで待機していた。
「お、お疲れ大園。 どうした? そんな鳩に豆鉄砲でもくらったような顔して?」
数秒の静寂な間をあけて、俺は藤原の腕を掴む。
「逃げるぞッ!!」
「・・・何から?」
驚きと不思議さと交じり合った困惑を見せて藤原を疑問を投げつける。
しかし俺にそんな余裕はなく問答無用で藤原を更衣室から引き出そうするが、この優等生は体感も優秀なのか椅子から一歩も動かすことができない。
「見てわかるだろうッ! あのモンスターからだよッ!!」
「もんすたぁ? 何処にいんのそんなの」
「いるでしょあそこにッ!」
更衣室の外にいる肌が全身緑色をしたモンスターであるゴブリンが、さも当然のように店の制服を着て在庫確認をしている現実に動揺を隠せず、大声をあげて指をさす。
「・・で、どこにモンスターが?」
しかし更衣室の扉を開けて外を確認した藤原は再び疑問の表情を浮かべて聞き返してきた。
なにも驚いた様子のない藤原に、俺の見間違いなのかと疑い再度確認する。
『ン~コレも賞味期限ガ近イナ~。 明日ノ仕入レに間に合ウカ?』
頭を抱えて伝票を見るゴブリンを目撃して、俺は再び更衣室の扉を閉めた。
「おるやんッ!?」
「え?! なにがッ!!?」
本当に何も疑問に思っていないのか藤原はあれを見ても何も思っていないらしい。
『オイお前達。 ソロソロ時間だゾ』
そんな事をしていると急に扉が開いてゴブリンが何食わぬ顔で入ってきた。
それに思わず飛び跳ねるほど驚いてロッカーにダイブしてしまった。
『・・ソンナニ驚カセテシマッタか?』
「いや~すみません店長。 なんか大園の奴今日はテンションが上がっているのか少し変でして。 すぐにそっち向かいますね」
普段通りに気さくな感じて会話を終え、ゴブリンがホールの方へ歩いていくのが足音でわかる。
・・というかこいつは今ゴブリンに向かってなんて言った?
てんちょう?
てんちょうって店長?
「あれが店長ッ!!!?」
あまりの藤原の言葉に俺は思わず大声をあげてホールに向かったゴブリンに指をさす。
「一体どうしたんだよ大園。 なんか今日変だぞ?」
「い、いやいやだっておまえッ!」
「調子悪そうなら店長には俺から言って休ませてもらっておくけど」
心配そうに俺を見る藤原が冗談や嘘を言っているように見えなかった。
昨夜のこともあって実は気づかぬうちに精神的に疲弊していて幻覚でも見ているのが自分のほうなのか?
もしもそうなら今日は確かに帰らせてもらって休んだ方がいい。
「あ、あぁ・・そうだな。 じゃあ悪いけど今日は――」
そこで言葉を詰まらせる。
だけどもし、1%の確率で俺が見てるものが幻覚でなく現実なら?
ここにいる従業員や一般のお客さんたちが昨夜みたいな事件に巻き込まれるんじゃないか?
もしもそうなったらと思うとここで帰るわけにはいかなかった。
「・・いや、大丈夫。 このままいるよ」
「そうか? でもあんまり無理すんな? じゃあ俺さきにホール行ってるから」
そうして心配しながらも藤原は仕事へ行ってしまった。
このまま家に帰ることの方が安全だろう。
なんならそのまま魔法科高校に行って天野を連れてきて俺の見ているものが本当にゴブリンなのかどうか見てもらった方がいいのかもしれない。
でも、もしも本当にあれが昨夜見たゴブリンならば、みんなに危険が及ぶかもしれない。
それだけは阻止したいと思ったからバイトに残ることにした。
「まずは、あのゴブリンから目を離さない事が優先だよな」
そして俺はいつも来ている店の制服に着替えた。
◆
「ふぅ~! 今週もなんとか耐えきったな!」
「あ、あぁ・・そうだな」
21時45分。
ラストオーダーも終え、店内にはもう客が退店して従業員一同がすでに清掃をしている。
「それにしても今日はいつも以上にお客さんの量がすごくなかったか? 流石に今日は疲れた」
「あぁ・・そうだな」
「こんな時に加納さんは私用で出勤できないとか、ついてないよな~。 あの人いればここまで忙しくなることなんてなかったのに。 そう思わね?」
「・・あぁ、そうだな」
「・・・好きな女性のタイプは?」
「あぁ、そうだな」
瞬間、俺の頬に藤原が指をかなり強めにつついてきた。
「・・にゃんだよ」
「にゃんだよじゃねぇよ。 本当に大丈夫かよ。 なんか今日のお前変だぞ?」
「・・あぁ」
「はぁ、ダメだこりゃ」
そういって別の従業員に呼ばれた藤原はキッチンの方へ向かっていった。
この瞬間に、ホールにいるのは俺を含めて今日一日店長と呼ばれていたゴブリンと2人になった。
「・・・おい」
俺は床掃除用のモップを強く握り占めてテーブルを拭いているゴブリンに声をかける。
「お前・・一体何が狙いなんだ?」
昨日の今日だ。
一度命を狙われた身からすれば警戒するなという方が無理な話だ。
しかし仕事の時間、ずっとゴブリンを警戒していればするほど、途中からバカバカしくなるくらい、このゴブリンは真面目に働いていた。
常連の客には愛想をよくして笑い、初めて来た客には礼儀正しく対応して、困った従業員のヘルプも完璧だった。
・・主に警戒しすぎてミスした俺のヘルプだったけど・・。
その姿はまさに、いつも俺がお世話になっていた店長の動きそのものだ。
だからこそ、余計に警戒をしてしまう。
昨夜は確実に俺の命を狙って襲ってきた。
殺気とかそういうのはもちろん分からないが、自分が本気で殺されそうになっていたことくらいは理解できた。
そんな人の命を簡単に奪おうとするやつが、なんで平然と働いているのか。
その疑問が一緒に働けば働いているほど、強くなっていき警戒も固くなっていく。
『・・大園』
しばらくして、ゴブリンがようやく口を開いた。
最初のセリフが俺の名前だったせいで変な感覚だったが、いつでもモップを投げつける準備をして次の言葉を待つ。
『店閉メタあと、少シ話ソウ』
そういって振り返ったゴブリンは、昨夜みたいな凶悪な顔には見えなかった。




