魔法使いの弟子
それは、ただ圧倒的だった。
何処から現れているかも分からない大勢のゴブリン達が1匹、また1匹と頭と胴体が切り離されていく。
しかし、女子生徒は俺の目の前から1歩も動いていないのにだ。
まるで彼女を中心に風で出来た刃がゴブリンの首を斬っているようにも見える。
「グッ・・マナをこうも自在にアヤツルとは、貴様マサカ魔法使いカ」
「私も驚いているわ。 ゴブリンなんて集団で行動して人を襲うモンスターだから勘違いしてたけど、これすべて分身でしょ? なんでモンスターであるアンタが魔術なんて使ってるのよ」
「・・貴様二教える事などナイ」
「そ? じゃあお話はおしまい」
女子生徒が指を鳴らすと風の流れが変化した。
ゴブリンの集団の中で俺に斧を投げたゴブリンを中心に風が集まっている。
「ナンだ・・コレは?」
「安心していいわよ。 ただ風が集まっているだけ。 まぁ――」
フッと浮かべる笑みと共にゴブリンの頭上で集まった車1つ包めるくらいに膨らんだ風がグッと小さくなりゴルフボールくらい縮む。
「よく切れる風の刃が集まった風圧の爆弾だけど」
そうして女子生徒が片手の手を握ると同時に、風圧が集まった球体は爆発音と共に破裂した。
グラウンドに出現していたゴブリン達は一瞬で消滅され、地面は鋭利なもので抉られたような跡と共に砂埃が舞う無残な光景へと変貌してしまった。
「ふぅ。 任務完了かしら? それじゃあ」
ようやくこちらに顔を向けた女子生徒は俺を見てこう言った。
「貴方は一体何者なのかしら?」
◇
「通りすがりにここへ迷い込んだ?」
ここまでの経緯を簡単に説明した。
っと言っても本当にバイトの帰り道でここを通っただけだから長い説明もないのだが。
俺は女子生徒に連れられ校舎内の3階へ来ている。
本来足を踏み入れることもない夜の他校に入ることは少し罪悪感のようなものがあるが、一応ここの生徒も居ることだし誰かに出くわしても問題はないだろう。
「あ、安心していいわよ。 この空間で存在してるのは私とキミだけだから」
「そ、それは一体どういう?」
「中学の時に授業で習わなかった? ここはいわば鏡の内側。 現実の世界に近い空間を作り上げる結界魔術の中よ」
結界魔術。
女子生徒の説明通り鏡のように見えるが触れられない空間を作り上げて現実の実体を移転させる高度な魔術。
呪術や体術など魔術以外の技術では呪いの様な形で扱う事が多いが、あれらはあくまでも相手と自分との境界を作っているようなものだ。
つまり実体を別の世界へ移転させるのが魔術、実体を移転させず境界の壁を作るのが呪いだと理解してほしい。
「じゃあ俺たちはどうやって結界から出ればいいんでしょうか?」
「そんなの簡単よ。 内側から結界魔術を発動させれば簡単に出られるわ」
それができれば苦労しないと口に出そうになったがグッと堪えた。
そもそも結界魔術は魔法に近い高難易度の魔術だ。
何十年と魔法連盟に勤務している従業員でも扱えるのは世界で5人しか扱えないと言われている。
そんな高度な魔術を扱える人材を世間では 魔法使い と呼ばれているのだ。
「・・ん? 魔法使い?」
ここで1つ思い出した。
3年前、中学生でありながら魔法使いの弟子となった歴代最年少の天才が世の中を驚かせていた。
文武両道、才色兼備。
ありとあらゆる称賛は彼女の為にあると言わんばかりの完璧な存在であり、魔法科高校に入学後にはモデルや動画配信といった仕事も請け負い、さらには超人気アイドルチューバ―としても人気を誇る人物。
確か年齢は俺の1つ上だから魔法科高校の2年生。
「もしかして、天野美幸・・さん?」
「あら。 私のこと知ってくれてたのね。 全然反応ないからてっきり知らないものなのだと思ったわ」
「いや、同年代で知らない人の方が少ないんじゃないですか? だって世界で5人しかいない魔法使いの弟子になった世界最年少の天才美少女なんだから」
「う~ん。 あんまりそういわれると困るんだけど、まぁ自己紹介が省けて助かったわ」
天野は教室のドアを開けて電気をつける。
後を追って教室へ入るとそこには教室の床をギリギリまで使って魔術式が描かれていた。
「さ、ここに立って」
「はぁ・・あの、これは」
「結界の術式よ。 まぁあくまでもこの結界から出入りする為の扉だと思ってくれていいわ」
この魔術式の中に立って魔術を発動させれば向こうの現実世界に戻れるという。
「で、でもここで俺が戻って学校の教室にいるのは問題なんじゃ」
「それも安心していいわ。 キミが本当に門前で結界に入ったのなら、キミは現実世界の門の前に出られるはずだから」
結界術の中でどれだけ暴れても現実世界では被害が全くない。
それどころか本来の世界である現実に近づこうと結界内の方が勝手に修正されてもとに戻るという。
だから人も結界内から現実世界に戻れば、どれだけ移動していても強制的に修正されて出入りした場所に戻るというのだ。
「あ、言い忘れてたけど明日キミの学校に魔法連盟の職員が事情聴取に来ると思うから、今日の事をさっきみたいに全部話してね。 一応この結界の事は連盟関連で極秘調査になってるから」
「わ、わかりました」
「じゃ、魔術を発動させるわね。 キミもバイトはいいけど夜遅くまでふらつかずに真っすぐ帰るのよ」
天野が地面に手を添えると彼女を中心に蒼い光が魔術式をなぞって輝いていく。
(これってまさか、無詠唱魔術?)
魔術を扱うには必ず魔術を発動させる詠唱が必要とされている。
これは言霊ともいわれマナを安定させて魔術を発動させるには決められたセリフを順番に発言させる必要がある。
ただ、魔法使いのほとんどが詠唱を必要としていないという。
魔法使いとなると言霊を扱わなくてもマナを操り自在に魔術を発動させることができるからだ。
「もうこんなの、弟子じゃなくて魔法使いそのものだろ」
一生に一度見る事ができるかも分からない現場を見ている。
こんな光景をSNSに挙げれば一瞬でバズることは間違いない。
それくらい珍しいものなのだ。
「それじゃあね。 今度は巻き込まれないように気を付けて」
空間がグニャリと曲がり徐々に周囲の光景が変わっていく。
本来であれば巻き込まれることもない非現実的な体験だったなと思う。
「今度、藤原に話してみるか」
あれだけ魔術大好きなやつのことだ。
色々な事を聞いてくるだろうが、俺もこんな体験をしたのだから誰かに話したい。
極秘だと言われていたが、あいつなら大丈夫だろう。
そうして俺は一瞬だけ目を瞑り、ゆっくりと閉じた瞼をあける。
「・・・ん?」
「え・・・?」
そこで見た光景はあの魔法科高校の門前ではなく、可愛い動物のキャラクター達が沢山飾られており、イケメン男子が抱き合っているアニメのポスターが壁に貼られた部屋だった。
そして、その光景に驚いている俺の横で同じように驚愕している美少女アイドルが、少しずつ体を震わせながら顔を真っ赤にして立ち上がり・・・。
「~~~~~ッ! なんでアンタがここにいんのよッ!!!!!!」
俺の頬に強烈なビンタを当てたのだった。




