第8話 箱モノ再起動
空き家というのは、人が住まなくなった瞬間に、ただの「物」へと退化する。
湿気が木材を蝕み、埃が光を遮り、かつてそこにあった生活の「熱」が失われる。しかし、適切な手順を踏めば、その抜け殻に再び火を灯すことができる。
「おーい、黒部君。ここのブレイカー、容量ギリギリだわ。アンペア上げとかないと、今のエアコンじゃすぐ落ちるぞ」
脚立の上から声をかけてきたのは、隣町から呼んだ電気工事業者の後藤さんだ。恰幅の良いベテランの職人で、僕が「現地マネージャー」として指示を出すと、最初は「なんだ、このガキは」という顔をしていたが、菜々さんから支給された工事指示書(AIが作成した無駄のない配線図)を見せると、一転して「……最近の若いのは合理的だな」と感心して作業に入ってくれた。
菜々さんが購入した空き家――二階建ての、かつては村の有力者が住んでいたであろう立派な家屋。
そこで今、分電盤の設置交換と、最新の高効率エアコンの設置が進んでいる。
村の夏は短い。だが、冬の寒さは苛烈だ。そして何より、菜々さんが持ち込もうとしている「機材」には、安定した大容量の電力と温度管理が不可欠だった。
(……マイニング、か)
僕は、工事の騒音を避けて縁側に座り、菜々さんと並んで冷たいペットボトルの茶を飲んでいた。
業者のトラックが庭に停まり、村の「静寂」が物理的な作業音によって上書きされていく。その様子を、菜々さんは満足げに眺めていた。
「どう? 星君。ただの廃墟だった家が、少しずつ『システム』として起動していく感じ。ワクワクしない?」
「……ワクワクというより、責任を感じます。この村でこれだけ大規模な電気工事をしてたら、また変な噂が立ちますよ」
「いいのよ。噂なんて、利益が出始めれば誰も気にしなくなる。それより、あの後藤さん。腕は確かね。あの手際の良さは、都会の適当な派遣業者には出せないわ」
菜々さんは楽しそうに笑うが、その目はどこか遠く、冷徹な計算を続けているようにも見えた。
「……菜々さん。一つ聞いてもいいですか」
「何? 改まって」
「どうして、この村なんですか。安価な電力や空き家なら、他にも候補はあったはずです。北海道の田舎まで来て、こんな面倒な手続きを自分でするなんて……もっと効率的な投資は、都会にいくらでもあるでしょう?」
菜々さんは、お茶のペットボトルを自分の頬に当てて、少しだけ沈黙した。工事のドリルが、壁を穿つような甲高い音を立てる。
「……この村、実はすごく『リッチ』なのよ。気づいてる?」
唐突な問いかけに、僕は首をかしげた。
「リッチ、ですか? 活気があるようには見えませんけど」
「表面上の賑わいなんてどうでもいいわ。見るべきなのは貸借対照表よ。この村には原子力発電所がある。そこから落ちてくる莫大な固定資産税で、自治体の懐は潤っているわ。道路の舗装も、この立派な役場も、全部そのおかげ」
彼女は、空っぽのペットボトルを指先で回した。
「日本中のほとんどの自治体は、あと5年もすれば老朽化した生活インフラを維持できなくなる。水道が止まり、道が朽ち、公共サービスが消えていく。でも、ここは違う。潤沢な税収という『延命装置』がある。私が作りたいシステム――膨大な電力と安定した環境を必要とする箱モノにとって、これほど安全な寄生先はないのよ。固定資産税収入だから村の人口も関係ないしね」
菜々さんは、自嘲気味に口角を上げた。
「以前、投資銀行で高頻度取引のシステムを弄ってたことがあるの。ミリ秒の単位で、存在しない数字が膨れ上がり、一瞬で消えていく世界。そこには『場所』がなかった。サーバーがどこにあろうが、誰が管理していようが関係ない。ただ、効率のみが正義だった。でも、それって結局、足元のインフラが盤石であるっていう『甘い前提』の上に成り立っている砂上の楼閣なの」
「だから、ある日気づいたの。もし、インターネットが止まったら。電力が止まったら。私のやってきたことは、一瞬でゼロになる。実体のない数字を追うのは、足元が浮いたまま雲を掴むようなものだわ。だから、私は『楔』が欲しかったの。物理的に、そこにあり続ける土地、権利、そしてそれらを動かすためのエネルギー」
彼女は、工事の終わったばかりの真新しいコンセントを見つめた。
「この村は、法律と現実の隙間だらけ。明治から変わらない地籍、昭和で止まった共同体。そこを『再起動』させるのは、都会のシステムを弄るよりもずっと面白いわ。ここは、私のゲームボードなの。それにね、星君。私は近い将来、実務に使えるほどの高度なAIは既存の利益を守るために厳しく規制されると踏んでいるわ。そうなった時、最後にモノを言うのは、デジタルな権利じゃなく、地域と密着した物理的なエネルギー拠点なのよ。そして星君、あなたは私の『物理インターフェース』よ」
物理インターフェース、か。
あまり情緒的な表現ではないけれど、僕にはその役割が妙にしっくりきた。
「……分電盤終わりましたよ! 次、エアコンの方、回します!」
後藤さんの呼び声に、僕は腰を上げた。
菜々さんの「理想」を、この古びた村の現実に繋ぎ止める。そのためには、泥臭い事務作業も、現場の立ち会いも全部必要だ。
「よし、いきますか」
「でも、その一発屋マイニングのASICのマシンとかほとんど利益は出てないの。飾りみたいなもので実はメキシコペソのスワップ収入がメイン収益なの」
……結局、数字のゲームにどっぷり浸かっているじゃないか、この人は。
僕はほくそ笑んでそうな菜々さんを振り返らずに、後藤さんの待つ室内へと足を踏み入れた。
背後で、彼女が小さく「よろしく、パートナー」と呟くのが聞こえた気がした。
村を支配域に変えるための、真のインフラ構築が始まろうとしていた。
……僕も僕の家の売買が終わったら後藤さんにお願いしよう。
新作「支配域の管理論」始めました
あと「札幌クソゲー」もラストまでプロット書いたので頑張って完走したいと思っています。
リアル土地買いたいので評価協力お願いしまーす!




