第7話 地籍図のパズル
日曜なので連投です
昨夜の久保あやかからのメッセージは、僕にある「現実」を突きつけた。
村という狭いコミュニティにおいて、情報の伝達速度は無駄に速い。十九歳の若造が、朽ち果てた空き家と使い道のない山をセットで買い取った。その情報は、僕が思うよりもずっと刺激的なエンターテインメントとして消費されているようだった。
「まあ、注目されるのはある程度織り込み済みだ」
僕はベッドの上で、菜々さんから支給されたノートPCを開く。
佐藤邸と山ノ上の土地を手に入れただけで満足してはいけない。次に必要なのは、自分の「支配域」を拡大するために、周辺に誰が潜伏しているのかを把握することだ。
翌日、僕は再び村役場の村の人口規模には似つかわしくない立派な自動ドアをくぐった。
次の手として、山ノ上地区の周辺地権者を洗い出す必要がある。僕はまず税務課の窓口へ向かった。
役場の空気は妙に重い。訪問者も少ないせいか職員全員の視線が刺さる。
「……すみません、これ。山ノ上の地番なんですけど、周辺の名寄帳を閲覧ってできますか?」
税務課窓口の職員が、眼鏡をずらして僕をジロリと見た。
名寄帳には固定資産の評価額や納税額、所有者の情報も載っているので大分ガードは固い。ダメ元で来てみたがダメ過ぎたかも?
「……名寄? あれは原則本人か委任状がないと……」
「僕は今回、佐藤さんの代理人として動いています。あと、法務局で公図と謄本も取りますが最新の課税台帳との照合をしたいんです」
僕はAIが生成した「熊も出るため草刈りなどの管理が必要であるというもっともらしい調査理由書」を提示した。
職員の動きが止まる。僕の背後で、別の職員がヒソヒソと話し始めた。
「おい、あの子……佐藤さんのところを買ったっていう……」
「まだ十代だろ? どこから金が……」
視線が痛い。だが、それは単なる好奇心ではない。もっと刺々しく、拒絶的なものだ。
僕は思い出した。昨晩のニュースで、北海道を代表する湿原近隣でのメガソーラー建設が景観破壊や環境破壊だと住民が猛抗議していたことを。この村でも、外から来た資本が「環境保護」を謳いながら山を削り、無責任にパネルを敷き詰めることへの警戒心は、今や沸点に達しているのだ。
その警戒心の象徴が、役場の掲示板に貼られた一枚のポスターだった。
『守ろう、我らの土と水。大滝まさや』
元農家で、左派系の論客としても知られる村議会議員。反原発や環境破壊反対を掲げる彼は、この村の「保守」ではなく、ある種のリベラルな「守護者」として君臨している。
まだ登記も完了前なので利害関係者とは認められず、残念ながらここでは情報は得られそうになかった。
「あの辺は、固定資産税もかかってないからねぇ。納税者が移動したかどうかくらいならお答えできるけど……」
「分かりました。ありがとうございます。また登記が終わったら伺います」
隣の土地であれば利害関係者として正当な理由があれば戸籍情報やその他情報も照会できるらしい。ここの担当者さんはこれからもお世話になるので仲良くしておきたいところ。
「……仕方ない、法務局の情報だけでも自力で洗うか」
税務課から逃げるように建設課へ移動し、僕はさらに航空写真に土地の線が引いてある地籍図の写しを次々と請求した。
役場の古いプリンターが、不機嫌そうな音を立てて紙を吐き出す。
山ノ上地区の地籍図は、昭和時代から更新されていないのではないかと思うほど歪んでいた。道がないはずの場所に道が描かれ、川の流れが現況と食い違っている。
「……これ、全部繋ぐのか?」
建設課の窓口を預かる若手の職員が、呆れたように僕と大量のA4用紙を交互に見た。
「ええ。パズルみたいで面白いですよ」
僕が淡々と答えると、彼は気味の悪いものを見るような目をして、僕に領収書を差し出した。
役場を出る頃には、僕の存在は「佐藤さんの山を買った変な子供」から「山を売り払ってメガソーラーを呼び込むかもしれない不気味な子供」へとアップグレードされていたはずだ。
自宅に戻り、僕は手に入れた紙の地籍図をスキャナーで取り込み、地番をもとに登記情報提供サービスのサイトから一件一件、見渡す範囲の不動産の所有者事項を取得した。所有者事項だけなら一件141円と登記情報全部の半額くらいとはいえ、そこそこの金額になるがまぁ必要経費だ。
バラバラだった「土地の記憶」が、デジタルの座標軸の上で一つに繋がっていく。
ピコン、とスマートフォンの通知が鳴った。
> あやか: 「ねえ、今日も役場にいたでしょ? 爺さんたちが言ってたよ。『佐藤さんが変なカルトに騙されたんじゃないか』とか、『山を削る気じゃないか』って心配してた」
僕は苦笑しながら返信を打つ。
「カルトじゃなくて、ただの引っ越し準備だよ。別に山を削るつもりもないし。心配なら、今度お茶でも奢るよ」
あやかのような「暇人」は、僕にとって最高の情報源であり、同時に最高の「デマ拡声器」でもある。僕がここで適当な情報を流せば、それは大滝匡也のような重鎮たちの耳にも届く。
スキャンを終えたPCの画面には、山ノ上地区の全容が浮かび上がっていた。
僕の土地を囲むように配置された、昭和20年代から登記の移動がない、おそらく所有者不明地。そして、一部の広大な土地を保持し続けている「大滝」の文字。
「……なるほど。地産地消の反原発サポーターが、一番の地主ってわけか」
支配域の拡大準備は整いつつあった。
僕はモニターに映る地籍図の迷路を見つめ、静かにマウスを走らせた。
新作「支配域の管理論」始めました
あと「札幌クソゲー」もラストまでプロット書いたので頑張って完走したいと思っています。
リアル土地買いたいので評価協力お願いしまーす!




