第62話 原本の居場所
『原本保管場所 次回確認』
そう書いた以上、次には決めなければならない。
でも、決め方を間違えれば、ここまで分けてきた紙が一気に誰かの棚へ吸い込まれる。
「集会所に置くと既存の線に戻る」
僕が言うと、菜々さんは頷いた。
「山ノ上に置くと、こっちが握りすぎる」
「宮本さんの家は?」
あやかが聞いた。
「個人宅に寄りすぎる」
答えたのは菜々さんだった。
「じゃあ、どこにも置けないじゃん」
「だから、場所と保管者を分ける」
菜々さんは、紙に二本の線を引いた。
保管場所。
保管確認者。
「原本が置かれる場所と、原本が差し替えられたことを確認する人を分ける。場所だけで支配されないようにする」
それは、鍵と似ていた。
持つ人。
開ける人。
閉じる人。
同じ人に全部寄せない。
僕は新しい紙を作った。
『原本保管・差替確認表』
原本保管場所。
差替日。
差替者。
確認者。
閲覧用差替先。
「保管場所そのものは、どうしますか」
「仮置きにしましょう」
菜々さんは言った。
「正式決定まで、集会所の施錠棚。ただし、差替確認は宮本さんと松原さんの二名」
「松原さんも?」
「閉じる紙に赤を入れた人よ。原本の差替確認には向いている」
大滝側の実務担当だった人をこちらの確認線へ入れる。
怖くないと言えば嘘になる。
「でも、閉じる人を外に置いたままだと、こっちの紙はこっちだけの紙になる」
菜々さんは続けた。
「松原さんを入れるのは、取り込むためじゃない。閉じ方を見えるところに置くため」
昼、松原さんに確認へ行くと、彼女はすぐには返事をしなかった。
台所の奥から湯飲みを二つ持ってきて、僕たちの前に置く。
「確認者っていうのは、責任を持てってこと?」
「差し替えたことを見る役です」
「違うようで、同じだね」
松原さんは、紙をじっと見ていた。
「私を入れると、大滝さんの方が嫌な顔をするよ」
「分かっています」
「あんたたちの方も、嫌な顔をする人がいる」
それも分かっていた。
「でも、松原さんが入らないと、閉じる紙がこちら側だけの紙になります」
僕がそう言うと、松原さんは少しだけ目を細めた。
「言うようになったね」
褒められたのか、からかわれたのか分からなかった。
「分かった。差替確認だけなら見る。ただし、条件がある」
「条件」
「昔の帳面を勝手に並べないこと」
その言葉は、かなり重かった。
「新しい紙の説明に、古い帳面を悪い見本みたいに使わないこと。古い帳面には、古い帳面の理由がある」
「分かりました」
「本当に?」
すぐに聞き返された。
僕は少しだけ黙った。
「たぶん、まだ完全には分かっていません。でも、責めるためには使いません」
松原さんは、そこで初めて小さく頷いた。
夕方の小会合では、原本保管の案を出した。
仮置き。
集会所施錠棚。
差替確認。
宮本静江。
松原和枝。
閲覧用。
集会所。
山ノ上保管場所。
側近の男は、松原さんの名前を見て少しだけ表情を変えた。
「松原さんが確認者に入るんですか」
「差替を見るだけです。中身を決めるわけじゃない」
松原さんが先に答えた。
その一言で、部屋の空気が少し落ち着いた。
「仮置きというのは、いつまでですか」
「仮運用期間中です」
「期間は」
「三十日」
答えたのは菜々さんだった。
「三十日運用して、閲覧用の差替と終了確認が回るかを見る。その後、正式保管場所を決めます」
三十日。
その数字が入った瞬間、話が少し締まった。
無期限の仮置きではない。
試すための仮置きになる。
僕は表紙を打ち直した。
『山ノ上保管場所 運用帳』
仮運用版。
期間三十日。
原本仮置き。
集会所施錠棚。
差替確認。
宮本静江。
松原和枝。
そこまで書くと、帳面に急に日付の重さが出た。
試す。
見直す。
正式化する。
三十日と書いた途端、次に出てくるのは金の話だった。




