第61話 運用帳
『持出記録』
『返却記録』
『終了確認表』
『次回準備メモ』
四枚の紙を前にして、僕はしばらく黙っていた。
増やしたつもりはなかった。
松原さんに言われた通り、混ざっていたものを分けただけだ。
「終わりと次を混ぜない」
僕が言うと、菜々さんは頷いた。
「返した、閉じた、次に備える。この三つが混ざると、どこで責任が終わったか分からなくなる」
あやかが、紙の端を指で押さえた。
「でも、村の人から見ると、また帳面が増えたって言われるよ」
「帳面は一冊にします」
僕は新しい見出しを書いた。
『山ノ上保管場所 運用帳』
その下へ、ページ順を置く。
1. 持出
2. 返却
3. 終了確認
4. 次回準備
「紙は分けます。でも、探す場所は一つにします」
あやかが少し笑った。
「やっと帳面らしくなった」
「今までは?」
「紙の束」
その通りだった。
紙の束は、強いようで弱い。
順番が崩れる。
古い紙が混ざる。
誰かの鞄に一枚だけ残る。
帳面にすることで、初めて置き場所と閉じ方が見える。
昼前、松原さんが集会所へ来た。
手には古いファイルではなく、細い赤鉛筆だけを持っている。
「見せて」
挨拶より先にそう言われた。
僕は叩き台を渡した。
松原さんは黙ってページ順を見た。
「一冊にしたのはいい」
その一言で、少しだけ肩の力が抜けた。
「でも、次回準備は後ろにしすぎると見ない」
「後ろだとだめですか」
「終わったら閉じる。閉じたら帳面も閉じる。そうすると、次回準備は読まれない」
紙の順番は、そのまま人の動きになる。
「じゃあ、終了確認のすぐ下ですか」
「そう。閉鎖確認の下に、次回準備の有無だけ置く。詳しいメモは次のページ」
僕はすぐに書き直した。
閉鎖確認。
次回準備 あり・なし。
詳細は次ページ。
「これなら見る」
松原さんは赤鉛筆でそこに丸をつけた。
けれど、すぐに次の欄を指で叩いた。
「閉鎖確認者、返却者以外。これはいい。でも、名前だけだと弱い」
「印ですか」
「印でもいい。署名でもいい。村なら、確認印の方が続く時もある」
「印鑑ですか」
「今どきって顔をしない。この村で続く形にしな」
僕は頷いた。
閉鎖確認者。
確認印または署名。
そう書くと、松原さんはもう一度丸をつけた。
午後の小会合では、運用帳を一冊の形で見せた。
「帳面は一冊にしました。ただし、中でページを分けています。持出、返却、終了確認、次回準備です」
大滝の側近の男は、紙をめくって言った。
「帳面を分けるのではなく、帳面の中で分ける」
「はい」
「それなら、探す場所は一つですね」
悪くない反応だった。
ただ、次に年配の男が言った。
「これ、誰が保管するんだ」
やはり、そこへ戻る。
「山ノ上保管場所に閲覧用を置きます。原本は一か所です」
「原本はどこだ」
部屋が少し止まった。
「原本保管場所は未定です」
僕は答えた。
「次回、保管者と保管場所を別紙で出します」
年配の男が、少し不満そうに息を吐いた。
「また別紙か」
松原さんが、その時だけ口を開いた。
「別紙でいい」
部屋が静かになる。
「原本の場所は、ついでに決めるところじゃない。ここを曖昧にすると、古い帳面と新しい帳面が混ざる」
僕は、その言葉を表紙へ書いた。
原本保管場所。
次回確認。
帳面は一冊になった。
でも、まだ誰の帳面になるのかは決まっていない。
次の争点は、そこだった。




