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支配域の管理論〜ドミネーション・マネジメント  作者: nov


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第47話 重なる名義

 翌朝、集会所の机の上には紙が四種類並んでいた。


 相談控。

 受取帳。

 発注元の控え。

 そして、保全会から回ってきた見積書の写し。


 それに加えて、菜々さんがノートPCの横へ写真のフォルダ一覧を開いている。


 草刈り。

 仮設照明。

 投光器。

 延長コード。

 提灯蔵。

 浜の詰所。


 机の端には、昨夜作った『山ノ上保管拠点 概略案』と『必要手続一覧』も重ねてあった。

 箱を置くための線は、もう一本別で動き始めている。


 ここまで来ると、もう紙が多いというより、入口が多いという感じだった。

 相談は相談で入ってくる。

 物は物で残る。

 発注は発注で別の名義を通る。

 最後に写真だけが、何にでも使えそうな顔で積まれている。


「今日は、ここを一回閉じるわよ」


 菜々さんがそう言って、机の中央を指で叩いた。


「閉じる、ですか。山ノ上の手続じゃなくて?」


「そっちもやるわよ。でも、箱を置く前に、いま村の中でどう紙が回ってるかを一度閉じる。向こうは最後に合う形へ閉じてきた。だったら、こっちも一度、全部を同じ表に落とす」


 同じ表。


 それが、今日の仕事だった。



 僕は最初に、相談控から読み上げ始めた。


 北山家の投光器。

 集落奥の空き家配線。

 提灯蔵の鍵と備品。

 集会所の非常灯と無線機。

 坑口の家の雨どいと灯り。


 それぞれに、案件番号はもう振ってある。

 A-01。

 A-02。

 A-03。

 A-04。


「ここへ、受取帳の物を紐づける」


 菜々さんが言う。


「相談の番号に?」


「そう。物が単独で動いてるように見せないために」


 北山家の脚立。

 吉岡さんの投光器。

 既存在庫の延長コード。

 今回搬入の仮設照明。


 それを一つずつ、案件番号の横へ入れていく。


 A-01 集会所維持

 既存在庫コード / 仮設照明 / 非常灯 / 無線機


 A-03 祭礼備品整理

 提灯 / クリップライト / 名義不明コード


 A-04 坑口の家保全

 投光器 / 更新候補灯 / 写真確認用電源


 ここまでは、まだ整理だった。

 きれいに並ぶ。

 でも、それだけだ。


「次、発注元」


 菜々さんの声が少しだけ低くなった。


 僕は、発注元の控えを開いた。


 山ノ上地区環境保全会。

 見積先、北陵環境整備。

 保全会長印、大滝。


 その下に、去年の草刈り名目で入った延長コードの写真。

 そのさらに横に、今回の仮設照明の見積。


「これ、A-01に両方入るんですよね」


 僕が言うと、菜々さんはすぐ頷いた。


「ええ。そこがポイント」


「でも片方は去年の草刈りで、片方は今年の照明点検です」


「名目は違う。でも、使われる先は同じ」


 その言葉で、僕はようやく今日作る表の意味が見えた。

 相談を整理するだけじゃ足りない。

 発注の名義と、実際の使用先がどこで食い違っているかが見える形にしないと、向こうの回路はただ複雑なだけで終わる。



 昼前、AIに読み込ませるための欄を作った。


 案件番号。

 相談内容。

 物品名。

 入手先。

 発注元。

 見積先。

 写真の撮影時期。

 実使用先。

 整理先。

 名義の齟齬。


「齟齬まで欄にするんですか」


 僕が聞くと、菜々さんは当然みたいに答えた。


「そこが見たいんだから、最初から欄にするの」


 たしかにそうだった。

 AIに「矛盾を見つけて」と言うだけでは、こちらが何を矛盾と見ているかがぼやける。

 だから、最初に矛盾の置き場所を作る。


 僕は、一件ずつ入力した。


 A-01。

 去年の草刈り名目で入った延長コード。

 写真は草刈り台帳側。

 実使用先は今年の集会所照明。


 A-03。

 祭礼備品の一部に、保全会系の見積品と名義不明備品が混在。


 A-04。

 坑口の家で使いたい灯りはあるが、現時点では正規の更新回路が未整備。


「ここまでで一回流します」


 僕が言うと、菜々さんはすぐ追加した。


 『案件ごとに 名義と使用先のズレ 繰り返し出る会社名 年度をまたぐ物品流用 整理先の集中 を抽出』


 数分後、画面には短い一覧が返ってきた。


 1. 同一会社名の反復。

 2. 発注名目と実使用先の乖離。

 3. 保全会名義物品の村内横流用。

 4. 整理先の固定化。


「まんまだな」


 僕が思わず言うと、菜々さんは少しだけ笑った。


「まんまの方がいいのよ。向こうがやってることは、複雑に見えても骨組みは単純だから」


 その場で、もう一段深く掘った。


 『反復して出る固有名詞を抽出』


 山ノ上地区環境保全会。

 北陵環境整備。

 大滝。

 松原和枝。


 それに続いて、頻出する実使用先。


 集会所。

 草刈り。

 祭礼備品。

 照明。


 画面の上で、その二列が並ぶ。


 発注の側。

 使われる側。


 間にあるのは、名義のずれだった。


「これ、かなり嫌ですね」


 僕が言うと、菜々さんは視線を上げずに頷いた。


「ええ。しかも数字じゃなくて、村の人が読める言葉で嫌」


 それが大事だった。

 補助金の制度名を長く並べても、村では止まる。

 でも


 草刈りで入った物が、集会所の照明で使われる。

 祭礼の備品に、別名義の物が混ざる。

 最後は同じ人のところへ紙が集まる。


 そういう書き方なら、話は通じる。



 午後、あやかと宮本さんが来た時には、僕たちはもう一枚目の整理表を印刷していた。


 表題は短くした。


 『名義と使用先の整理表』


「そのまんまだね」


 あやかが言う。


「そのまんまの方がいいので」


 宮本さんは、笑いもしないで紙を読んだ。

 読む順番は早かった。

 会社名より先に、実使用先を見る。

 集会所。

 祭礼。

 草刈り。


「ああ」


 彼女は、小さく息を吐いた。


「こうやって並ぶと、たしかに同じところへ来てるね」


「前からそう見えてました?」


「見えてたよ。でも、見えてるのと、紙になるのは別」


 その一言は重かった。

 村では、知っていることと、出せることは違う。

 みんな何となく知っていても、紙で並ぶと急に別の重さを持つ。


「ここ、松原さんの名前まで入れるのかい」


 宮本さんが聞く。


「入れます。最後に整理先が固定してるのが、回路の一部なので」


「嫌がるよ」


「嫌がると思います」


「でも、間違ってはない」


 宮本さんは、それだけ言った。


 あやかは、その横で別の欄を見ていた。


「これ、年度またぎの流用ってところ、強いね」


「どこが」


「去年の草刈りのコードが、今年の集会所で使われるって、村の人なら一発で分かるもん。ああ、また同じように回してたんだって」


 たしかにそこだった。

 違法かどうかを大きく叫ぶより先に、同じ物が違う顔で回っていると示す方が、村ではよく効く。



 夕方、僕たちはもう一段だけ踏み込んだ。


 相談控と発注元を、時間順に重ねる。


 相談が来た日。

 見積が出た日。

 写真が撮られた日。

 紙が整理された日。


 すると、妙なことが見えてきた。


「早い」


 僕が言うと、菜々さんが画面を見たまま返した。


「何が?」


「向こうの回路です。相談が来るより前に、似た物の見積がもうどこかで出てる年がある」


「ああ」


 彼女はそこで、少しだけ面白そうに目を細めた。


「つまり、必要に応じて発注したんじゃなくて、回す前提で先に入れてるのね」


 草刈り。

 景観維持。

 照明。

 祭礼。


 別々の仕事に見えても、物の種類が似すぎている。

 だから、一度入れた物を、あとで名目を変えながら流しても困らない。


「これ、実務の効率としては賢いですね」


 僕がそう言うと、菜々さんは頷いた。


「ええ。だから厄介なのよ。雑に悪いわけじゃない。合理的に曖昧なの」


 その言葉で、僕は少しだけ納得した。

 向こうは無能ではない。

 むしろ、かなり上手い。

 ただ、その上手さが、名義と責任の境界を溶かす方向に使われている。


「じゃあ、こっちは」


「逆をやるの。合理的に分ける」


 相談控。

 案件一覧。

 提案書。

 更新表。

 保管拠点案。

 必要手続一覧。


 ここまで増えてきた紙は、全部そのためのものだった。



 夜、菜々さんは最後にもう一枚だけ資料を整えた。


 表題はさらに短い。


 『回路比較』


 左側。

 向こうの流れ。


 保全会名義。

 北陵環境整備。

 年度またぎ流用。

 松原さんで整理。


 右側。

 こっちの流れ。


 相談控。

 案件一覧。

 使用先固定。

 更新表。

 山ノ上保管拠点案。

 必要手続一覧。


「そこまで並べるんですか」


 僕が聞くと、菜々さんは紙を揃えながら言った。


「並べるわよ。向こうを暴くだけじゃ弱いもの。比較した時に、こっちの方が続けやすいって見えないと」


「続けやすい」


「ええ。選挙に出すなら、結局そこだから」


 その一言で、資料の意味がまた少し変わった。

 内部整理のためだけじゃない。

 これは、そのまま政策の下書きにもなる。


「村の中で回ってる仕事を、誰の名義で、どんな電力で、どう続けるか」


 僕が口にすると、菜々さんは満足そうに頷いた。


「ようやく、政治の紙になってきたわね」



 集会所を閉める前に、僕は印刷した資料を順に重ねた。


 名義と使用先の整理表。

 整理先の固定化一覧。

 回路比較。


 まだ外へ出せる紙じゃない。

 でも、もう僕たちの中では十分に次へ動く紙だった。


 最後に、一番上の余白へ手で書き足す。


 『村の仕事を止めないための回路整理』


 大滝側のやり方を否定するだけでは足りない。

 曖昧に回る回路と、分けて残す回路。

 その違いが、誰にでも分かる形になって初めて、次の争点になる。


 帰り際、あやかが資料の端を指で押さえた。


「これ、出したら嫌がるね」


「うん」


「でも、村の人は読むよ」


「読める形にはしたつもり」


 そう答えると、あやかは少しだけ笑った。


「黒部くん、やっと“資料を作る側”になったね」


 その言葉を聞いて、僕は一番下の紙を引き抜いた。

 まだ白いまま残してある新しい一枚。


 そこへ、次の見出しだけ先に打つ。


 『政策案』


 相談を受けるところから始まった紙が、ようやく村の盤面そのものへ届き始めていた。

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