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支配域の管理論〜ドミネーション・マネジメント  作者: nov


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第48話 出す先の名前

 翌朝、集会所の机の上には、昨日の資料が順番に積まれていた。


 名義と使用先の整理表。

 整理先の固定化一覧。

 回路比較。

 政策案。


 その下には、山ノ上保管拠点概略案と必要手続一覧も残っていた。

 箱を置くための線と、向こうの紙を外へ出す先を切る線。

 机の上では、その二本がようやく同じ束に寄り始めている。


 そこへ、僕は新しく白い紙を四枚だけ足した。


 『税務』

 『農政』

 『検査』

 『警察』


「雑ですね」


 僕が自分で言うと、菜々さんはすぐに首を振った。


「雑でいいの。最初は窓口の名前だけで」


 昨夜、布団に入ってからも考えていた。

 大滝側の不備を外へ出すなら、どこへ持っていくのがいちばん現実的か。

 税務署なのか。

 農政局なのか。

 会計検査院なのか。

 警察なのか。


 どれも違う気がしたし、どれも少しずつ当たっている気もした。


「国税だけじゃないんですよね」


 僕が言うと、菜々さんはコーヒーの缶を置いた。


「当たり前でしょ。向こうの回路は一枚じゃないんだから、出す先も一つじゃない」


「じゃあ、何で分けます?」


「何の不備か、よ」


 その答えは、拍子抜けするくらい単純だった。

 でも、たぶんそれがいちばん正しい。



 僕たちはまず、昨日の『名義と使用先の整理表』を横に広げた。


 草刈り名目で入った延長コード。

 集会所で使われる仮設照明。

 祭礼備品に混ざる名義不明の物。

 保全会名義。

 北陵環境整備。

 松原さんで閉じる帳面。


「これ、全部を一つの違法行為にするのは無理ですね」


「無理ね」


「でも、全部が問題ないとも言えない」


「そう。だから切るの」


 菜々さんは、白い四枚の紙を指で順に叩いた。


「税務」


 次に、


「補助金と制度運用」


 それから、


「公金全体の検査」


 最後に、


「犯罪性」


「農政と検査は違うんですか」


「違うわよ。農政は制度の筋。検査は、公金の使い方全体の筋」


 言われてみれば、その通りだった。

 多面的機能支払の名目と実態がズレているなら、まず制度を見ている側に通す話になる。

 でも、国の補助金が入っている会計全体として不適切なら、検査の側の話にもなる。


「じゃあ、税務は」


「架空経費、架空見積、所得の圧縮、そういう話」


「警察は」


「偽造とか詐欺とか横領とか、そこまで行く時」


 その線が引けた瞬間、頭の中が少しだけ静かになった。

 告発と一言で言っても、実際は全部別の入口を持っている。



 午前中、僕はノートPCに新しい表を作った。


 事実。

 関係名義。

 想定論点。

 出す先。

 必要資料。

 今すぐ出せるか。


 菜々さんは、そこへ最初の一行を入れた。


 『草刈り名目の物品が年度をまたいで別用途へ流用』


「これは農政ですか」


「農政と検査」


「両方」


「ええ。制度の説明と、会計の見え方が両方絡むから」


 次。


 『同一会社名が複数名目の見積で反復』


「これは税務?」


「まだ弱い。単独ならね」


「じゃあ」


「税務候補。あくまで他の資料と束ねて」


 次。


 『保全会名義と実使用先の恒常的な乖離』


「これは」


「農政、検査。選挙に使うなら政策」


 僕は、最後の一言で少しだけ顔を上げた。


「政策」


「ええ。黒部くん、忘れてない? 私たちがいま作ってるの、通報文だけじゃないのよ」


 その言葉で、僕は昨日の『政策案』を見た。

 そうだった。

 大滝側を刺すことだけが目的なら、もっと早くどこかに投げて終わっている。

 いま必要なのは、告発先を整理することと、それを受けて「じゃあ村の仕事をどう回し直すか」を前に出すことの両方だ。



 昼前、あやかが来ると、机の上の白い紙を見てすぐ言った。


「うわ、出す先まで分けてる」


「分けないと、どこに何を言うかが混ざるから」


「でもさ、村の人って、そんなに役所の違い分かるかな」


「分からなくていい」


 菜々さんが、すぐに答えた。


「村の人に見せる紙と、出す先へ出す紙は別」


「別?」


「ええ。こっちは行政の言葉で書く。村には村の言葉で返す」


 たしかにそうだった。

 税務署に出すなら、架空経費とか、実態と異なる経理とか、対象者の特定とかが要る。

 農政側なら、交付金の名目と活動実態のズレを示す写真や帳面が要る。

 会計検査院なら、公金全体としてどう不適切かを見える形で揃える必要がある。

 でも村で通る言葉は、そんなものじゃない。


 草刈りの名目で入った物が、別の顔で回っている。

 誰が最後に閉じているかが固定している。

 こっちの方が、続ける責任を分けて残せる。


 あやかは、そこをすぐに飲み込んだらしい。


「じゃあ、村向けには“どこへ通報するか”より、“このままだとまた曖昧に回る”って見せた方がいいね」


「そういうこと」


 菜々さんは満足そうに頷いた。


「そして、行政向けには逆。空気の話を抜いて、紙だけで立つ形にする」



 午後、僕たちは四つの束を本当に作り始めた。


 税務。

 農政。

 検査。

 警察。


 税務の束には、

 会社名の反復。

 見積の偏り。

 名義の違う物の流用。

 領収と整理先の固定。


 農政の束には、

 多面的機能支払の名目に見える活動。

 草刈り写真。

 実使用先とのズレ。

 保全会名義の見積。


 検査の束には、

 公金が入る活動全体の流れ。

 年度またぎの物品流用。

 整理先固定。

 村の仕事が誰の名義で閉じているか。


 警察の束には、まだ少ない。

 文書の偽造や横領を断言できるだけの紙は、いまのところ足りなかった。


「警察だけ薄いですね」


 僕が言うと、菜々さんは迷わず答えた。


「薄いなら薄いままでいいの。無理に犯罪の顔へ寄せると、全体が雑になる」


「じゃあ、今は相談止まり」


「ええ。必要なら相談。いきなり被害届の顔じゃない」


 このあたりの線引きは、少し怖かった。

 こっちが怒っているからといって、何でもすぐ犯罪に見立てる方が、たぶん実務としては弱い。


「逆に、税務と検査は強い」


 僕が言うと、菜々さんは頷いた。


「強いわね。あと農政。制度の名目で回してきたなら、制度の側から見られるのがいちばん嫌だから」



 その時、北山さんが顔を出した。

 今日は草刈りではなく、提案書の話を聞きに来たらしい。

 でも机の上を見て、少しだけ眉を上げた。


「ずいぶん物騒なことしてるな」


「物騒ですか」


「出す先なんだろ、それ」


「はい」


 僕が答えると、北山さんは紙の一枚を取った。


 『検査』


「これ、どこへ出すんだ」


「国の補助金が入る会計全体を見るところです」


「税務署とは違うのか」


「違います。税金の話だけなら税務ですけど、公金の使い方全体なら別の筋もあるので」


 北山さんは、そこで少し黙った。


「そこまで分けるんだな」


「分けないと、何が問題かがぼけるので」


「……黒部くん、ほんとに役場の外の言葉を覚えたな」


 その言い方に、僕は少しだけ苦笑した。

 たしかにそうだった。

 村の空気だけで閉じていた話を、外で通る単位へ切り分けている。

 土地の時もそうだった。

 電力でもそうなり始めている。

 そして今、帳面でも同じことをやっている。



 夕方、菜々さんは『政策案』の紙を机の真ん中へ戻した。


「じゃあ、ここで繋ぐわよ」


「何をですか」


「告発先の整理と、選挙の争点」


 彼女は、紙の上に短く書いた。


 1. 村の仕事を止めない非常時電源

 2. 更新計画を人の頭の中から紙へ戻す

 3. 土地を法務で整理して保管拠点へ変える

 4. 公金と備品の流れを名義ごとに見える化する


「これ、もうそのまま政策じゃないですか」


「そうよ」


「じゃあ、告発は裏?」


「裏というより、下支えね」


 そう言って、菜々さんは税務と農政と検査の束を軽く揃えた。


「向こうの回路がどれだけ曖昧かを、外へ見せる準備はしておく。でも前に出す言葉は、“あいつらは悪い”じゃない。“こっちの方が止まらない”よ」


 その線引きは、かなりはっきりしていた。


 たしかに、選挙で前に出すならそっちの方が強い。

 不正追及だけでは、空気は割れても次の受け皿が見えない。

 でも、非常時電源、更新計画、保管拠点、法務整理まで一本で見せられれば、「じゃあどうするか」の形になる。


「文化線は?」


 僕が聞くと、菜々さんは少しだけ笑った。


「使うわよ。浜の記憶も、坑口の家も、村は昔から“回す家”で生きてきたって証明になるもの。だから今の提案は、よそ者の新規事業じゃなくて、この村の続きを受け直す話になる」


 それで、やっと全部が繋がった気がした。

 浜のラフ。

 相談控。

 案件一覧。

 止めないための電力。

 保管拠点候補。

 必要手続一覧。

 回路比較。

 政策案。


 全部が、別々に動いていたわけじゃない。

 最初から、村を再編する一つの話の、違う入口だったのだ。



 夜、みんなが帰ったあとで、僕は机の上の四つの束を封筒に分けた。


 税務。

 農政。

 検査。

 相談。


 警察の束だけは、まだ封筒に入れなかった。

 いまはまだ早い。

 その判断ができるだけの整理が、今日ようやくついたのだと思う。


 最後に、政策案のいちばん上へ、菜々さんが太い字で見出しを書き直した。


 『村を守る電力と法務の再編』


「長くないですか」


「長いくらいでいいのよ。今回は」


「どうして」


「もう“便利屋の黒部くん”の話じゃないから。土地も、電気も、法務も、帳面も、全部まとめて村の争点に上げるんだから」


 僕は、その文字をしばらく見ていた。

 最初に空き家を探していた時には、こんなところまで来るとは思っていなかった。

 でも今は、紙の束の重さが、そのまま盤面の重さに見えた。


 外では風が鳴っている。

 停電したら困る村で、

 誰の名義で物が入り、

 誰の帳面で閉じられ、

 誰の土地に次の箱を置くのか。


 それを決める話が、ようやく前に出せる形になり始めていた。


 その夜、僕は政策案の最後に、次の見出しを一つだけ足した。


 『説明会用要約』


 もう、内輪の紙だけでは終わらない。

 次は人前で、この回路を説明する番だった。


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