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支配域の管理論〜ドミネーション・マネジメント  作者: nov


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第46話 法の上に置く箱

 翌朝、僕は机の上に広げた『保管拠点候補』の紙を前に、しばらく動けずにいた。


 集会所。

 坑口の家。

 共同冷凍庫の脇。

 そして、山ノ上。


 停電時最低機能を守る話を続けるなら、どこかに物を持つ場所が要る。

 可搬電源も、予備電池も、交換用の非常灯も、更新前の控え機も、結局はどこかに置かなければならない。


 集会所の物置だけでは足りない。

 それは昨日の時点で、もう分かっていた。


「じゃあ、今日は見に行きましょうか」


 菜々さんが当然みたいに言った。


「山ノ上ですか」


「ええ。せっかく法務でコストかけて取った土地なんだもの。紙の上で持ってるだけじゃ意味がないでしょ」


 その言い方で、僕はやっと立ち上がった。

 たしかにそうだった。

 所有者不明土地管理命令で穴を開けて、地目変更をして、隣接地を取ってきた。今や1.5ヘクタール近くなった原野だ。

 でも、最近は村の相談と提案書ばかり見ていて、その土地をどう使うかの話が少し遠のいていた。


 山ノ上の土地は、もともとこの物語の入口だったはずなのに。



 昼前、僕たちは軽トラで山ノ上へ上がった。


 雪はもう薄いが、道の脇にはまだ湿った土が残っている。

 最初に取った佐藤さんの土地、その隣、さらにその隣。

 法務の紙の上で一本ずつ繋いできた区画が、現場ではやっと一つの斜面に見え始めていた。


「こうして見ると、まだ山ですね」


 僕が言うと、菜々さんは笑わなかった。


「山でいいのよ。最初から立派な事業用地に見えたら、むしろ変でしょう」


 彼女はタブレットを開いて、地番ごとの境界線を現況写真に重ねた。


 赤い線。

 青い線。

 佐藤さんから買った元畑。

 管理命令のあとで取得した区画。

 まだ手を付けていない隣接地。


「この斜面、前より繋がって見えますね」


「繋いだからよ」


 当たり前みたいに言うが、それは紙の上ではかなり大きい違いだった。

 昔なら、ただの荒れ地の寄せ集めにしか見えなかった。

 でもいまは、法的に自分が動かせる区画がまとまり始めている。


「ここを、保管拠点に?」


「候補ね。まだ決めない」


 菜々さんはそう言って、画面を切り替えた。


 そこには、AIが整理した比較表が出ていた。


 候補A。

 道路から近いが、面積は狭い。


 候補B。

 少し上がるが、連続した区画が取れている。


 候補C。

 広いが、まだ法的に手当てが足りない。


「もう比べてたんですか」


「昨日の夜にね。黒部くんが更新表を作ってる横で」


 そう言われてみれば、たしかに菜々さんは別の画面を開いていた。

 僕が見ていたのは停電時最低機能案の方で、向こうはもう次の盤面を見ていたのだ。


「比較の軸は何ですか」


「四つ」


 指を折って見せる。


「道路からの距離」


「はい」


「法的にすぐ動かせるか」


「はい」


「保管と簡易設備を分けて置けるか」


「あと一つは?」


「村の中で“怪しすぎない”か」


 その答えに、僕は思わず少しだけ笑った。


「そこ、要ります?」


「要るわよ。最初からデータセンターの顔をすると、また話が飛ぶもの」


 たしかにそうだった。

 いま村で通り始めているのは、止めないための電力の話だ。

 その続きとして置くなら、可搬電源の保管、予備機の管理、小さい蓄電設備。

 そのくらいの顔から始めた方がいい。



 僕たちは候補Bの区画まで歩いた。


 背の低い草がまだらに残り、地面は思ったより平らだった。

 完全な平地ではない。

 でも、斜面の途中にしては置き場を作りやすい。


「ここなら、小屋一つはいけそうですね」


 僕が言うと、菜々さんはその場でしゃがみ込み、地面の湿り気を指で確かめた。


「小屋だけじゃないわね。保管、点検、仮置き。三つは分けられる」


「三つ」


「保管してるだけの物、次に入れる物、交換待ちの物。混ざると向こうと同じになるでしょ」


 その言い方で、物置の棚に貼った付箋を思い出した。


 既存在庫。

 今回搬入。

 点検預かり。

 貸与。


 集会所でやっていることを、そのまま少し大きくした話なのだと分かる。


「ここに可搬電源を置くなら、運ぶ先は集会所と坑口の家ですか」


「最初はね」


「最初は?」


「その次に、浜も入る」


 そう言って、菜々さんは海の方角を見た。


「共同冷凍庫の詰所そのものはもう痩せてる。でも、無線と保管の系統は消えてない。なら、山で持って、必要な時に浜へ下ろす形もあり得る」


 山で持って、浜へ下ろす。


 その言い方は、この村の仕事そのものみたいだった。

 炭鉱のあとに浜へ降りた家。

 浜で働いてまた山へ戻った家。

 いま考えている電力の流れも、結局はその延長線上にある。



 そこへ、後藤さんが少し遅れて上がってきた。

 こっちへ来ると聞いて、菜々さんが声だけかけていたらしい。


「黒部くん、また面白い場所見てるな」


「後藤さんなら、ここ見てどう思います?」


 彼は周りを一度だけ見て、すぐに答えた。


「いきなり固定の大きい設備を置く場所じゃない。でも、可搬電源の保管と、小さい蓄電池の仮設小屋なら全然ある」


「仮設小屋」


「うん。まずは断熱と換気をちゃんと取った物置だな。機械を置くってより、電池を死なせないための箱」


 その言い方は、僕にはすごくしっくりきた。

 発電所じゃない。

 電池を死なせないための箱。


「サーバーはどうですか」


 僕が聞くと、後藤さんは少しだけ眉を上げた。


「何を置く気だ」


「大きいものじゃなくていいんです。相談控と更新表と、写真記録を、停電してもこっちで見られるくらいの」


「ああ、簡易のやつか」


 彼はすぐ納得した。


「それなら、むしろ小さい方がいいな。村の回線が死んだ時でも、ローカルで見られる程度の箱なら置ける」


 僕は、その言葉でようやく第3話の頃に見ていた景色が、いまの自分の手元まで戻ってくる感じがした。


 AIサーバーとか、マイニングとか、最初はもっと派手な言葉で見ていた。

 でもいま考えるべきなのは、まず村の実務と電力の記録を止めないための小さい箱の方だ。


「大きいシステムの前に、小さい実務箱ですね」


 僕が言うと、菜々さんは珍しくすぐ頷いた。


「そう。最初から夢の大きい方へ飛ばない。まず、この村で回ってる記録と電力を自分たちの土地に一回受ける」



 そこで、僕は改めて地番の重なりを見た。


 取得済み区画。

 申立て済みだった隣接地。

 地目変更済み。


「法務の足場って、こういうことなんですね」


 僕がぽつりと言うと、菜々さんがタブレットの端を指で叩いた。


「ええ。見た目はただの山。でも、法的に誰の許可で入れるか、誰の名義で小屋を置けるか、どこまでを一体として扱えるかは全然違う」


「もし、最初の佐藤さんの土地だけだったら」


「細すぎるわね。保管の動線も切れるし、後で隣接地の顔色を見ることになる」


 つまり、所有者不明土地管理命令で取った隣の数筆は、単に面積が増えたというだけじゃない。

 置き場を“こちらの判断で連続して使える”という意味を持ち始めている。


「法務って、あとで揉めないためだけじゃないんですね」


「当たり前でしょ」


 菜々さんは、少しだけ笑った。


「法務は、事業の形を先に取るためにやるのよ」


 その言葉は、かなり強く残った。

 いままで僕は、法務を攻めるための道具として見ていた。

 でも本当は、置くため、持つため、あとで設備を入れるための土台でもある。



 午後、山を下りてから、僕たちは役場へ寄った。


 すぐに許可を取りに来たわけじゃない。

 でも、聞いておくべきことはあった。


 小規模な保管小屋。

 蓄電設備。

 簡易設備置場。

 その時、地目変更済みの土地でどこまで通るのか。


 建設課の若い職員は、僕の顔を見ると前より先に資料を受け取った。


「今度は何です?」


「山ノ上の土地で、小規模な設備保管小屋と蓄電設備の置場を考えています」


「発電所ですか」


「いえ。まずは保管と非常時電源です」


 僕がそう答えると、彼は少しだけ表情を緩めた。


「それなら、規模によりますね」


「規模」


「大きいと別の話になりますけど、保管庫と附属設備なら見方は変わるので」


 その返事だけでも十分だった。

 まだ申請じゃない。

 でも、夢物語ではなく、規模と用途の話として聞かれている。


 横で菜々さんが、すぐに聞き足す。


「可搬電源の保管と、小型蓄電池、それから実務記録用の小型サーバーラック程度なら」


 職員は少しだけ怪訝な顔をしたが、拒絶はしなかった。


「詳細が出ないと何ともです。ただ、用途をはっきり分けて書いた方がいいですね。保管、更新、非常時使用、って」


「ありがとうございます」


 僕は、その言葉をすぐメモした。


 保管。

 更新。

 非常時使用。


 法務の紙に落とす時も、結局はこの三つに分けた方がいい。



 役場を出たあと、あやかから連絡が来た。


「さっき宮本さんに会った。提案書の話、もう少し進めるなら、保管場所まで一緒に出した方が通りやすいって」


「保管場所まで?」


「うん。村って、誰が見るかと、どこに置くかが決まらないと、入れる話だけ浮くから」


 それは、今日一日見てきたことそのままだった。

 設備の性能じゃない。

 置き場。

 動線。

 更新の責任。

 そこまで含めて初めて回る。


「じゃあ、集会所向けの提案書と別に、保管拠点の案も要るな」


 僕が言うと、菜々さんはもう車の中で新しい見出しを打っていた。


 『山ノ上保管拠点 概略案』


「早いですね」


「遅いくらいよ。今日見た時点で、もう半分決まってるもの」


「半分」


「可搬電源、交換待ち機器、予備電池、写真記録の簡易サーバー。最初に入る箱はその四つ。逆に言えば、最初はそこまでしか入れない」


 絞る。

 大きくしすぎない。

 でも、先に置く。


 最初の頃の菜々さんなら、もっと大きいことを言ったかもしれない。

 でも今の彼女は、妙に現場の順番に忠実だった。


「その先は?」


「その先で、土地をさらに繋ぐ。必要なら、企業を呼ぶ。簡易サーバー置場を、実務だけじゃなく収益の箱に育てる」


「やっと最初の話に戻ってきた感じがします」


「戻ってきたのよ。遠回りしたけどね」



 夜、集会所に戻ってから、僕は今日のメモを全部並べた。


 停電時最低機能案。

 止めないための電力。

 更新・点検予定表。

 保管拠点候補。


 そして、新しく足す。


 『山ノ上保管拠点 概略案』


 項目はまだ少ない。


 用途。

 保管機器。

 更新待機器。

 簡易サーバー。

 道路からの動線。

 法的状態。


 その一番下に、僕は少し迷ってから最後の欄を足した。


 『隣接拡張余地』


 書いた瞬間、自分でも少しだけ笑ってしまった。

 まだ箱一つも置いていない。

 でも、その先の余地まで、もう紙の上に入っている。


「何笑ってるの」


 菜々さんが聞く。


「やっと、土地を取ってた意味が、いまの仕事に戻ってきたなと思って」


 僕がそう言うと、彼女はコーヒーの缶を置いて頷いた。


「そうよ。法務で取った土地は、あとで事業に変えるための棚なの」


 棚。

 その言い方は、すごく分かりやすかった。

 実務を一時置きし、電力を保管し、更新を待たせ、次の設備を置ける棚。

 村の機能を止めないための棚。


 窓の外はもう暗かった。

 山の方は見えない。

 でも、見えないだけで、あの斜面はまだそこにある。

 所有者不明だった地番の並びが、いまは少しずつ、自分たちの置き場に変わり始めている。


 その夜、概略案の最後に、僕は次の見出しを一つだけ打った。


 『必要手続一覧』


 土地の次は、手続だ。

 置けると思うだけでは足りない。

 法の上に箱を置くなら、そのための紙が要る。


 次にやるべきことは、もうかなりはっきりしていた。


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