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支配域の管理論〜ドミネーション・マネジメント  作者: nov


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第45話 止めないための電力

 翌朝、集会所の机の上には、昨日印刷した『案件一覧』の紙が広がっていた。


 A-01 集会所維持

 A-02 空き家安全化

 A-03 祭礼備品整理

 A-04 坑口の家保全


 番号が振られただけで、村の困りごとは少しだけ別のものに見えた。

 気のせいじゃない。

 昨日まで「誰かがそのうち何とかする話」だったものが、「先に順番をつけて処理する話」に変わっている。


 そして、その一番上に、昨夜打った見出しがある。


 『停電時最低機能案』


 僕は、その文字をしばらく見てから、ノートPCを開いた。


「まず、何を止めたくないかを決めるわよ」


 向かいで、菜々さんがコーヒーを置きながら言う。


「設備の話じゃないんですか」


「逆。設備から考えると、すぐ大きくなって浮くの。最初に決めるのは、停電しても残したい仕事の方」


 言われてみれば、その通りだった。

 蓄電池とか発電機とか言い出すと、話がすぐ箱物になる。

 でも、村の中で止まると困るものから見るなら、話はもっと小さくて具体的だ。


 灯り。

 無線。

 冷蔵庫。

 帳面を見る机。

 鍵を開けるための明かり。

 写真を確認するための電源。


「じゃあ、集会所と坑口の家ですね」


「ええ。そこに、必要なら浜の無線機も後で足す」


 菜々さんは、昨日の案件一覧を横に寄せて、新しい表を開いた。


 拠点名。

 残す機能。

 使用頻度。

 停電時の優先度。

 更新時期。

 保管責任。


「こんなの、村の人に見せて通りますか」


「通すために、村の言葉へ落とすのよ」



 午前中、僕たちは集会所の中を一つずつ見直した。


 天井灯。

 冷蔵庫。

 古い無線機。

 会計書類の箱。

 物置の鍵。

 非常灯。


 宮本さんが来ると、僕らはすぐに紙を見せた。


「宮本さん。停電した時に、集会所で最低限止めたくないものって何ですか」


 彼女は、質問を聞いてすぐには答えなかった。

 代わりに、集会所の中を一度だけ見回した。


「祭りの前と、会合の時で少し違うね」


「分けましょうか」


「分けた方がいい」


 そう言って、指を折る。


「まず灯り。真っ暗だと、物置も帳面も見えない」


「はい」


「次に冷蔵庫。夏場は集会所に入れてる物もあるし、薬を置く時もある」


「無線は?」


「要るね。ずっとじゃなくていいけど、止まった時に一回つながる方がいい」


「会計用のパソコンは?」


 僕が聞くと、宮本さんは少しだけ笑った。


「それはあれば助かる。でも、最初から欲張ると通らないよ」


 その言い方に、菜々さんが頷いた。


「いいですね。最低限の線が引ける」


「最低限って、そういうことだからね」


 僕は、その場で書き込んだ。


 集会所。

 最低限維持機能。

 照明一系統。

 冷蔵庫。

 無線機充電。

 会計書類確認用コンセント。


「あと何時間ですか」


 菜々さんが聞く。


「何時間?」


「止まってから、どのくらい動けばいいか」


 宮本さんは少しだけ考えたあとで答えた。


「半日あればいいね。丸一日分って言うと、もう別の話になる」


 僕は、それを書き足した。


 必要継続時間。

 半日。


 数字が入ると、急に設備の話に近づく。

 でも、まだ話の芯は集会所の側にあった。



 午後は、坑口の家へ行った。


 吉岡さんは縁側に出たまま、こちらの紙を見る前に言った。


「今度は何を束ねる気だい」


「停電した時に、どこまで残すかです」


「おおきく出たね」


「大きくはしません。最低限だけです」


 そう言って、僕は紙を広げた。


「ここで停電した時に残したいもの、先に決めたいんです」


 吉岡さんは、紙より先に家の中を振り返った。


 古い配電盤。

 写真箱。

 納戸。

 湯を沸かす小さな台所。

 窓際の照明。


「灯りは要るね」


「はい」


「それから、写真を見る机の明かり。あと、冬なら小さい暖房が少し」


「暖房まで入れますか」


「ずっとじゃなくていいよ。人が座って、控えを出して、少し話ができるくらい」


 その言い方は、設備のスペックじゃなくて、家の使い方そのものだった。


「通信は?」


「電話がつながれば十分だね。大げさなもんは要らない」


「冷蔵庫は」


「ここは要らない」


 即答だった。


「その代わり、納戸の灯りは要るよ。真っ暗だと、物を出す気がなくなるから」


 僕は、そこで少しだけ笑ってしまった。


「それ、大事ですか」


「大事だよ。使いづらいと、ある物も死ぬからね」


 たしかにそうだった。

 村の中で止まるものは、故障した設備だけじゃない。

 出しづらい物。

 暗くて見えない控え。

 誰も開けなくなる納戸。

 そういう小さい止まり方が、そのまま空白になる。


 紙には、こう書き足した。


 坑口の家。

 最低限維持機能。

 居間照明。

 納戸照明。

 写真確認用卓上電源。

 携帯充電。

 必要継続時間。

 半日未満。


 吉岡さんは、その欄を見てから、小さく鼻を鳴らした。


「村の人間が作る紙にしては、珍しく使う側の顔が見えるね」


「使う人から決めたので」


「それなら、残るかもね」



 帰りの車の中で、菜々さんはすでに次の画面を開いていた。


「集会所と坑口の家。必要継続時間はどっちも半日以内。冷蔵庫は片方だけ。暖房は小さく限定」


「だいぶ絞れました」


「ええ。だから、ここからやっと設備の話ができる」


 彼女は、AIに条件を入れ始めた。


 停電時最低機能。

 集会所一拠点、坑口の家一拠点。

 必要機能別。

 可搬電源と蓄電設備の組み合わせ。

 電池更新時期を含む。

 予算は村で嫌がられない範囲。


「そんな書き方で出るんですか」


「出るわよ。出させるの」


 数分後、画面には三案が並んだ。


 A案。

 既製の可搬電源中心。いわゆるポータブル電源や発電機だ。

 初期費用は低いが、更新時期が早い。


 B案。

 集会所に小型蓄電池、坑口の家に可搬電源。

 費用は中くらい。

 保管管理を分けやすい。


 C案。

 両方に固定設備寄り。

 安定はするが、今の村では大きすぎる。


「Bですね」


 僕が言うと、菜々さんはすぐ頷いた。


「ええ。最初はB。理由も説明しやすい」


「可搬電源だけじゃだめなんですか?」


「だめじゃない。でも、集会所は使う頻度が読めるでしょう。あそこは固定気味の方が、鍵と保管が安定する」


「坑口の家は」


「逆。あそこは可搬の方がいい。家そのものの修繕もまだ動くから」


 それを聞いて、僕の中で話が繋がった。

 電力の話は、機械を置く話じゃない。

 場所ごとの管理責任を、どう切るかの話でもある。


「じゃあ、提案書ですね」


「ええ。しかも、設備提案書じゃ弱い」


「弱い?」


「村に出すなら、仕事を止めないための紙にするの。電池が何アンペア時とか、最初に出したら終わるわよ」



 夕方、集会所へ戻ると、あやかと北山さんが先に来ていた。


「なんか進んだ?」


 あやかが聞く。


「進んだ。設備はまだ仮だけど、止めたくない機能は絞れた」


「機能って」


「灯り、冷蔵庫、無線、納戸の照明、写真を見る机」


 そう言うと、北山さんが少しだけ笑った。


「ずいぶん地味だな」


「地味な方が通ると思って」


「いや、通るっていうか、実際困るのそこだよな」


 その返しが、いちばん欲しかった。

 大きい夢じゃなくていい。

 停電した時に、本当に困るものから並べた紙だと分かれば、それでいい。


「見ますか」


 僕は、画面ではなく印刷した下書きを机に出した。


 表紙。


 『止めないための電力 集会所・坑口の家 最低機能維持案』


 北山さんは、そのタイトルを読んでから頷いた。


「BCPって書かないんだ」


「書きません」


「なんで」


「村の人が読んで止まるから」


 あやかが、それを聞いて笑った。


「たしかに」


 下書きの中は、設備の話より先に、止めたくない仕事から始まっている。


 会合時の灯り。

 帳面確認。

 冷蔵保管。

 連絡手段。

 控えと写真の取り出し。


 その次に、

 必要時間。

 保管責任。

 更新時期。

 点検時期。


 最後に、設備案。


「これなら、読めるね」


 北山さんが、紙を返しながら言った。


「設備の話なのに、設備の話から始まってない」


「その方がいいですか」


「いい。だって、こっちは使う時の顔しか浮かばないから」


 その一言で、今日一日やっていたことが少し報われた気がした。


 AIで整理した。

 設備を比べた。

 でも、最後に通るかどうかは、使う側の顔が見えるかどうかだった。



 ただ、一つだけ気になることがあった。


「更新時期、誰が見ますかね」


 僕がそう言うと、机の上が少し静かになった。


 設備を入れるのは、一回で済む。

 でも、電池も可搬電源も、そのままでは終わらない。

 替える時期が来る。

 点検が要る。

 誰かが忘れた瞬間に、止まらないはずの仕組みはただの箱になる。


「そこが、いちばん大事なのよ」


 菜々さんが、静かに言った。


「入れるより、更新計画の方が主役」


「主役」


「ええ。向こうは今まで、物を入れるところまでは得意だった。でも、更新時期を人の頭の中にしか置かないから、最後にまた曖昧になる」


 たしかにそうだった。

 延長コードも投光器も、入った時の名目はある。

 でも、いつまで使えるかは、誰の紙にもちゃんと残っていなかった。


「じゃあ、更新表も別で要りますね」


「要るわね」


「相談控と案件一覧と提案書と更新表」


「多い?」


「でも、これがないと回らない」


 僕がそう言うと、あやかが妙に納得した顔をした。


「黒部くん、完全にそっち側の人になってきたね」


「そっち側?」


「入れる人じゃなくて、続ける人」


 その言い方は、少しだけ重かった。

 でも、もう嫌じゃなかった。



 夜、みんなが帰ったあとで、僕は提案書の最後に一枚だけ新しい表を足した。


 『更新・点検予定表』


 機器名。

 設置場所。

 点検月。

 交換目安。

 担当。


 担当の欄だけ、すぐには埋められなかった。

 山ノ上電源設備にするのか。

 集会所管理にするのか。

 坑口の家の側に残すのか。


 たぶん、そこが次の交渉になる。


 その横で、菜々さんはもう別の画面を開いていた。


「何見てるんですか」


「山ノ上の方」


「山ノ上?」


「ええ。可搬電源と蓄電設備を、今後どこまで置けるかを考えるなら、最終的には集会所の物置だけじゃ足りないもの」


 彼女は、取得した土地の地図を開いたまま言った。


「村の中の最低機能を守る話をするなら、その電気をどこで持つかも、そのうち要る」


 僕は、その言葉で少しだけ背筋が伸びた。

 今日やっていたのは、細かい提案書作りだ。

 でも、その先には最初の頃に見ていた、もっと大きい盤面がちゃんとある。


 土地。

 電力。

 法務。


 別々に見えていたものが、やっとまた同じ方向へ向き始めていた。


 印刷した提案書の表紙を、僕はもう一度見た。


 『止めないための電力』


 派手な言葉じゃない。

 でも、この村で次に通すべきなのは、たぶんこういう名前の紙なのだと思った。


 その夜、更新・点検予定表の下に、僕は次の見出しを一つだけ足した。


 『保管拠点候補』


 個別の停電対策を、村全体の電力の持ち方へつなげる。

 次は、そこまで考える番だった。

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