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支配域の管理論〜ドミネーション・マネジメント  作者: nov


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第41話 窓口の名前

 運用第一号の記録を受取帳の横に挟んだ翌朝、僕の携帯はいつもより早い時間から鳴った。


 最初は、北山さんの家からだった。


「黒部くん、あのさ。草刈りの前に、物置の中の古い投光器も一回見てもらえるか」


「点くかどうかですか」


「それもあるし、誰の物か分からんのが何個かある。使えるなら残したいし、使えないなら片づけたい」


 次は、集落の奥の家からだった。


「集会所じゃなくて、うちの空き家の方なんだけどね。雨漏りのあとに配線が気になってて」


 その次は、宮本さん経由で回ってきた。


「祭りの提灯をしまってる蔵の鍵が固いんだよ。ついでに、中の延長コードも見てくれないかって」


 僕は、通話を切るたびにノートへ書き込んだ。


 投光器。

 空き家の配線。

 提灯蔵の鍵。

 延長コード。


 別々の話に見える。

 でも、実際には全部つながっている。

 電気の話だけじゃない。

 保管の話であり、修繕の話であり、誰が預かるかの話でもあった。


「来たわね」


 台所の机で予定表を見ていた菜々さんが、当然みたいに言った。


「思ったより早いです」


「最初の一回で型が見えたからよ。記録まで残るなら、頼む側も話を切り分けやすい」


「でも、全部を受けるのはまだ無理ですよ」


「全部は受けなくていいの。受ける窓口があるって分かれば、それで村の順番が変わるから」


 その言葉を聞きながら、僕は少しだけ肩の力を抜いた。

 全部を自分で直すわけじゃない。

 最初に受けて、分けて、残して、必要なら外へ回す。

 山ノ上電源設備がやるのは、たぶんそこだった。



 午前中、北山さんの物置から見に行った。

 古い農機具の横に、埃をかぶった投光器が二台、折れかけたコードと一緒に置いてある。


「前なら、こういうの、誰に言ってました?」


 僕が聞くと、北山さんは棚の奥を見ながら答えた。


「前は……まあ、大滝さんのところか、保全会の誰かだな。祭りの時に使えるかも、草刈りの時に持っていくかも、って感じでそのまま流れてた」


「今は?」


「今は、黒部くんに言った方が早いと思った」


 その返事は、少しだけ重かった。

 名前が仕事に変わるのは、こういう瞬間なのだと思う。


 投光器は、一台が使用可、一台は処分候補。

 コードは流用不可。

 僕がメモを取り、菜々さんが写真を残し、北山さん本人に確認を取る。


「じゃあ、使える方は貸与で受けます。草刈り前に点検済みとして記録に載せる。使えない方は、北山さんの判断で処分」


「そういうふうに分けるんだな」


「分けないと、後でどっちも曖昧になるので」


 北山さんは、そこで少しだけ笑った。


「最近、村の中でその言い方、増えたな」



 昼前には、空き家の配線を見に行った。

 住んでいる家ではない。

 でも、盆や法事の時だけ開ける家らしい。

 壁の一角に、古い差し込み口が黒く焼けた跡を残していた。


「こういうの、前は後回しだったんだよ」


 家の主の女が言う。


「住んでるわけじゃないし、危ないけど急がないって。でも、急がないまま何年も経つでしょう」


「今日は、どこまで見ますか」


 僕がそう聞くと、女は少しだけ考えてから答えた。


「その聞き方、いいね。じゃあ今日は、配線と、物置の明かり。それから、泊まる時に使う延長コードを分けたい」


 また同じだ。

 修繕だけじゃ終わらない。

 保管と、使用時の備品管理まで一緒に来る。


 菜々さんが、焼けた差し込み口を見ながら言った。


「山ノ上電源設備で受けるなら、配線点検、簡易修繕、備品整理の三つで切れるわね」


「三つも?」


 女が驚く。


「でも、話としては一つですよ」


 僕が言うと、女はそこで初めて安心したように頷いた。


「そういうこと。別々に電話するのが面倒だったんだよ」


 その言葉で、僕はやっと見えた。

 村の人が欲しかったのは、専門の細かい業者名じゃない。

 ひとまず話を受けて、切り分けてくれる先だ。



 午後、提灯蔵の前には宮本さんとあやかがいた。

 古い鍵はたしかに渋く、力任せに回せば折れそうだった。


「祭りの物まで来たか」


 あやかが、少し面白そうに言う。


「祭りの物も、結局は保管と電気だから」


「ほんと、そうやって繋がるんだね」


 蔵の中には提灯の箱と、巻いたコードと、古いクリップライトがまとめて置いてあった。

 問題は、誰の名義で入った物か分からないことだった。


「これ、前の祭りで買ったのか、草刈りで使ったのか、もう分からないんだよ」


 宮本さんが言う。


「だから、今のうちに分けたい」


 僕は蔵の前に簡単な一覧を作った。


 『祭礼備品』

 『照明備品』

 『名義不明・要確認』


「とりあえず、分からない物を分からないまま置いとく欄もいるな」


 宮本さんが言った。


「いります」


「そういうの、前はなかった」


「前は、最後に誰かが合う形にしてたので」


 その言い方に、宮本さんは少しだけ笑った。


「こっちは、合う前に分けるのね」


「その方が戻しやすいですから」



 作業が終わったころ、集会所の前で北山さんの妻と、空き家の主の女が鉢合わせた。

 それぞれ別件で僕を待っていたのだが、顔を見るなり自然に話が始まる。


「黒部くんに見てもらった?」


「見てもらったよ。配線と物置、分けてくれた」


「うちは投光器。使える方だけ残すって」


 その会話を聞いて、あやかが僕の横で小さく笑った。


「もう“黒部くん”じゃなくて、“そこ”に頼む感じになってる」


「そこ?」


「山ノ上電源設備」


 言われてみれば、たしかにそうだった。

 誰が直すかより先に、どこへ言えば話が切れるかで会話が進んでいる。


 菜々さんは、その様子を少し離れたところから見ていた。

 手元のメモには、依頼内容より先に家の名前と相談の入口が書かれている。


「見えた?」


 帰り道に、彼女が聞いた。


「何がですか」


「窓口になったってこと」


 僕は、その問いにすぐ答えられなかった。

 でも、今日一日で見たものを思い返す。

 投光器。

 空き家の配線。

 提灯蔵の鍵。

 どれも違う相談なのに、最後は同じノートに並んでいる。


「少しだけ」


「十分よ。会社ってのは、立派な看板を出した時になるんじゃない。相談が別々に来て、最後に同じところへ並ぶようになった時にできるの」


 その言い方は、いかにも菜々さんらしかった。

 でも、今日は妙に腑に落ちた。



 夜、僕は机の上に一枚だけ新しい紙を置いた。


 『山ノ上電源設備 相談控』


 項目はまだ少ない。

 相談日。

 家の名前。

 内容。

 切り分け。

 受けるか、外へ回すか。


 受取帳は、物が動いたあとに残す帳面だ。

 でも、その前にも一枚要る。

 何が、どこから、どういう困り方で来たのか。

 それを受ける紙。


「また帳面増やすの?」


 あやかが、帰り際に覗き込んで言った。


「増やす」


「好きだね」


「好きというより、必要だから」


 僕が答えると、あやかは肩をすくめた。


「まあ、その方が今は頼みやすいよ。後援会に言うのか、保全会に言うのか、大滝さんのところに言うのか、村ってそういうだけで止まるから」


 その言葉を聞いて、僕は紙の一番上に会社名をもう一度書き直した。


 『山ノ上電源設備』


 昨日は、仕事の名前になったと思った。

 今日は、窓口の名前になり始めた気がした。


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