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支配域の管理論〜ドミネーション・マネジメント  作者: nov


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第34話 発注元

 翌朝、受取帳の次の見開きを開くと、昨日引いた『発注元』の欄だけが空いたままだった。

 受けた物を残すページとは別に、発注元を控えるためのページを作ったのだ。


 物の流れは少しずつ見えてきた。

 でも、金の入口が分からない限り、まだ半分だ。


「発注元って、どこまで辿れますか」


 僕が聞くと、菜々さんはノートの端を指で叩いた。


「役場が直接出してるとは限らないわ。むしろ、その前に一枚噛ませてるはず。保全会か、景観維持の名目で作った組織か、あるいはもっと別の名義か」


「じゃあ、まずは村の中の帳面ですか」


「ええ。物の出口が会社なら、金の入口は帳面よ」



 午前中、宮本さんのところへ寄ると、事情を聞いた彼女は押し入れの下段から古い封筒を出してきた。

 中には、祭りや草刈りの寄付控えに混じって、コピーの薄い見積書が何枚か挟まっていた。


「全部じゃないよ。残ってたやつだけ」


 差出人は、やはり『北陵環境整備』だった。

 だが、僕が見たかったのはそこじゃない。


 右下の宛名。


 『山ノ上地区環境保全会』


「保全会……」


 菜々さんが、見積書を机に並べた。

 延長コード。

 投光器。

 草刈り機の替え刃。

 防草シート。

 どれも農地管理にも使えるし、集会所や祭りの雑務にも流せるものばかりだ。


「これなら便利よね」


 彼女は小さく笑った。


「農業関連予算で通しやすい物ばかり買って、必要になればどこへでも回せる」


「しかも、発注元は保全会」


「ええ。村じゃない。だから、役場の備品台帳にも正面からは残りにくい」


 僕は、一枚の見積書の端に押された印鑑を見た。

 保全会長の欄。

 そこには、見慣れた姓があった。


 『大滝』


 思ったより露骨だった。


 宮本さんは、湯のみを置きながら言った。


「前からそうだよ。草刈りだの景観だのって名目で物を入れて、使えるものは別の用事にも回す。悪いっていうより、そうでもしないと回らなかった時期もあったんだろうけどね」


「でも、今はその回し方ごと握ってる」


 僕が言うと、宮本さんは黙ってうなずいた。



 午後、あやかが役場の裏口の近くで拾ってきた話も、同じ方向を向いていた。


「年度末の書類って、最後はだいたい同じ人がまとめるんだって」


「同じ人?」


「大滝さんのところに近い人。保全会の名前で出すけど、写真も見積もりも取りまとめはほぼ固定らしい」


 つまり、村の中では

 誰が頼むか

 誰が受けるか

 誰が写真を持っていくか

 だけじゃない。

 誰が最後に帳面を閉じるかまで決まっている。


 それを聞いたあとで、受取帳の『発注元』の欄に最初の一行を書いた。


 『発注元 山ノ上地区環境保全会』


 その下に、備考を足す。


 『見積先 北陵環境整備』

 『保全会長印 大滝』


 線でつないでしまうと、昨日まで別の話に見えていたものが、一つの形になる。

 草刈りの写真。

 延長コード。

 投光器。

 見積書。

 保全会の印。


 全部、同じ回路の上に乗っていた。


「ここまで書く?」


 あやかが少しだけ笑った。


「書きます」


「嫌がるよ」


「嫌がるなら、効いてるってことだから」


 僕は、自分で言ってから少しだけ驚いた。

 前なら、こんな言い方はしなかった。

 でも今は、記録を残すことそのものが手になると分かっている。


 夕方、北山さんの家へ寄ると、彼は帳面を見てしばらく黙っていた。


「これ、うちの脚立まで書くのか」


「書きます」


「保全会の見積りまで?」


「そこもです」


 北山さんは、鼻を鳴らした。


「細かいな」


「細かくしないと、また一緒くたになるので」


「……まあ、その方が後でもめないか」


 その一言で、僕は少し救われた。

 全部が正義の話じゃない。

 もめないために残す。

 それだけでも、村では十分に効く。



 夜、菜々さんは見積書のコピーを封筒に戻しながら言った。


「これで、向こうの回路は二つ見えた」


「二つ?」


「会社の名義と、保全会の名義。次に見るべきは、その間で実際に金を動かしてる人」


 僕は、その言葉を聞きながら受取帳を閉じた。

 物の流れの次に、金の入口が見えた。

 なら、その次は、人だ。


 誰が頼み、

 誰が受け、

 誰が帳面を閉じるのか。


 村の回路は、もう会社の名前だけでは隠れきらないところまで来ていた。

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