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支配域の管理論〜ドミネーション・マネジメント  作者: nov


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第33話 受取帳


 翌日、僕は集会所の机の端に、大学ノートを一冊置いた。


 表紙には、菜々さんが黒いペンで短く書いた。


 『受取帳』


 それだけだったが、昨日までとは意味が違った。

 借りた物。

 受けた物。

 買った物。

 どこから来て、どこに使い、誰が受けたか。

 全部を残すための帳面だ。


「名前、もっと長くしなくていいんですか」


 僕が聞くと、菜々さんは首を振った。


「短い方が効くのよ。余計な理屈より、何を残す帳面かが一目で分かった方がいい」


 最初のページには、欄を三つ作った。


 『入手先』

 『使用先』

 『受取人』


 その下に、もう一つ。


 『備考』


「ここに何を書くんです」


「名義よ。借りたのか、買ったのか、提供されたのか。曖昧にしないための欄」


 僕は、その言葉の意味を昨日よりよく分かっていた。

 物が動く時、曖昧なのは便利だ。

 でも、その便利さの中に、誰の回路を通ったかが消える。


 午前中、北山さんが脚立を持ってきてくれた。

 荷台から降ろされた脚立は傷だらけだったが、まだ十分使える。


「こんなんでも書くのか」


 北山さんが笑う。


「書きます」


「貸すだけだぞ」


「貸すだけでも、書きます」


 僕がそう言うと、北山さんは少しだけ面食らった顔をした。

 でも、すぐにうなずいた。


「じゃあ、ちゃんと書いとけ。うちのだって分かるように」


 最初の一行は、そうして埋まった。


 『入手先 北山家』

 『使用先 集会所』

 『受取人 黒部星』

 『備考 脚立一台・貸与』


 たったそれだけで、物の居場所に輪郭が出る。


 昼前には、吉岡さんの家から古い投光器が出てきた。

 配線は少し怪しいが、後藤さんに見てもらえば使えるかもしれない。


「これ、昔の祭りで使ってたやつだよ」


 吉岡さんはそう言って、埃を払った。


「預かります」


「預けるんじゃないよ。使うなら使う、直すなら直す。どっちかにしな」


「じゃあ、点検預かりで」


「細かいね」


「細かくしないと、また曖昧になるから」


 吉岡さんはその返事を聞いて、少しだけ笑った。


「それならいいよ。村は、そういう曖昧さで回ってきたからね」


 二行目には、投光器と延長コードが載った。

 書いているうちに、僕は初めて『受ける』という行為が、単なる受領じゃないと分かってきた。

 これは、物の流れを切り分けることだ。


 午後、宮本さんが顔を出した。

 帳面を開く前に、中身を見ている。


「ちゃんと残す気なんだね」


「はい」


「それなら、一つ教えとくよ」


 宮本さんは、座る前に言った。


「去年、草刈りの名目で入った照明用の延長コード、まだ集会所の物置に一本あるはず」


「ある?」


「あるよ。見えてないだけ」


 あやかがすぐ立ち上がって、物置の鍵を取りに行った。

 しばらくして戻ってきた彼女の手には、確かに古い延長コードがあった。

 タグは薄れていたが、端に小さく会社名のシールが残っている。


 『北陵環境整備』


「もう入ってるじゃない」


 菜々さんが、小さく吐き捨てるように言った。


 去年、草刈りの金で入った物。

 今年は集会所の照明部材として、また同じ回路から出そうとしている物。

 数千円のコード一本でも、回路を見れば意味が変わる。


「同じ物を、違う名目で回してる」


 僕がそう言うと、宮本さんは肩をすくめた。


「村の人は、物が来ればそれで終わるからね。どの金で入ったかなんて、誰も最後まで見ない」


「だから残すんです」


 菜々さんの声は静かだった。


「何がどこから来たか、見えるようにする。そのくらいしないと、何回でも同じ名目で通される」


 僕は、その場で受取帳に新しい欄を足した。


 『既存在庫』


 借りる。

 受ける。

 買う。

 そして、もうある物。


 その分類ができた瞬間、発注の回路は少しだけ狭くなる。


 夕方、大滝の側近から電話が来た。


「昨日の件だけど、部材のこと、どうします?」


 声は昨日と同じく柔らかかった。

 でも、少しだけ急いでいる。


「必要な物は整理しています」


「そうですか。なら、こっちでまとめて回しますよ」


「ありがとうございます。ただ、受けるなら、入手先と使用先と受取人を全部残します」


 電話の向こうで、一瞬だけ沈黙があった。


「……そこまでしなくても、村のためのことですから」


「村のためだから残します。どこから来たかが分かった方が、あとで困らないので」


 また、短い沈黙。

 それから、側近は口調を崩さないまま言った。


「黒部くん、細かいね」


「そうしないと、分からなくなるので」


「分からなくなる方が、回しやすいこともあるんだけどね」


 そこで電話は切れた。


 あまりにも素直な本音だった。


 僕は受話器を置いてから、受取帳を開いた。

 まだ数行しか埋まっていない。

 北山さんの脚立。

 吉岡さんの投光器。

 集会所に残っていた延長コード。


 たったそれだけだ。

 でも、そこにはもう、誰の回路か分からない物は一つもなかった。


 夜、菜々さんは帳面を閉じて言った。


「これで向こうは嫌がるわ。発注の回路って、見えないから強いのよ」


「見えたら?」


「力の一部が剥がれる」


 僕は、その言葉を聞きながら、ノートの表紙をもう一度見た。

 受取帳。

 ただの記録だ。

 でも、この村では、ただの記録が一番嫌われることもある。


 物の流れが見えるようになれば、次は金の流れも見えてくる。

 その予感だけで、次のページを開く理由には十分だった。


 僕は新しいページをめくって、次の欄に先に線を引いた。


 『発注元』


 まだ空欄のままのその文字を見て、菜々さんが少しだけ笑った。


「そこまで行く気なんだ」


「行きます」


 村の回路を変えるなら、物の次は金だ。

 受ける名義を変えたなら、その次は、出す名義まで見ないといけない。


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