第14話 データ主導の包囲網
統一地方選を前に、僕たちと村の空気は少しずつ選挙モードに入っていた。表向きは静かでも、誰がどこに挨拶に行ったか、誰の家に回覧板が長く止まったか、そういう些細なことまで緊張感をはらんでいた。
「まず、現実を見ましょうか」
菜々さんはノートPCを開き、村の人口推移と有権者数の一覧を表示した。出生は減り、若い層は外へ出て、残ったのは減少の一途をたどる高齢の有権者ばかり。しかも票は、各集会所や親族単位で取りまとめられ、当確ラインの百票前後を何人かの有力者が分け合っている。
「この村、選挙っていうより、票の共同管理よね」
「管理、ですか」
「そう。誰がどの集落を持っているか、誰が盆と彼岸に顔を出しているか、誰の家の補助金や作業をまとめているか。票は個人で動いてるんじゃない。集会所や親族の単位で束になっているから、当確ラインの百票前後を何人かで分け合う形になるの」
僕は画面を見ながら、ようやく選挙が不動産と同じだと気づいた。地番が細かく割れているように、票もまた地縁で切り分けられている。動かすべきは、固定票ではなく、境界のあいまいな浮動票だった。
「浮動票は、怒ってる人と、諦めてない人ね。固定票は無理に取りにいかない。取れるのは、取りこぼされてる困りごとくらいよ」
菜々さんは、村の若手、子育て世帯、役場に文句を言っているのに誰にも拾われていない層を色分けしたダッシュボードを見せた。僕はそこへ、空き家、除雪、空き地、診療、電気料金の悩みを重ねていく。
「選挙用のチラシを撒くより、個別相談の方が効くのか……」
「効くわ。しかも、口約束じゃなくて、法的に戻る道筋まで示せるならもっと効く。固定票は奪いにいかない。浮動票と、取りこぼされてる不満を拾うの」
その横で、菜々さんは別の企みを語った。村に伝わる昔話や、古い家に残っている写真、誰も覚えていない祭りの由来を集め、それをAIで漫画化するというのだ。村の老人たちには懐かしく、外の人間には奇妙で、若い世代には話題になる。
「村の物語を外へ売るの。選挙の顔を売る旗にもなるし、村の名前を出す口実にもなる」
菜々さんの企みは、票の話と同じくらい露骨に実利的だった。
その発想に感心しているうちに、ふと気になっていたことが頭を離れなくなった。
「……ちょっと考えてみます」
漠然とした思いはあった。
僕はノートPCを開き、福島第一の事故記録と、原子力規制委員会や東京電力の公開資料を読み直した。津波で外部電源と非常用電源を失い、冷却できなくなった。設備が止まった瞬間に、あれだけ大きなシステムでも崩れるのだと、改めて思い知らされた。
読み進めるほど、胸の奥がざわついた。
僕はここで生まれて、ここで育って、ここから外に出られなかった。村の暮らしは嫌いだったし、閉塞感もずっと持て余していた。それでも、電源が止まれば全部終わるという話になると、なぜか他人事には思えなかった。
この村でも同じことは起こせない。いや、起こしてはいけない。
村の空き家や土地を使って事業をやるなら、ただの儲け話にしてはいけない気がした。外から金を引っ張ってくるだけじゃなく、停電しても落ちない仕組みを村に残す。非常時電源を兼ねた蓄電設備を呼び込み、もし何かあっても村の灯りだけは消えないようにする。
「……村出身者として、そういうのが要る気がします」
僕がぽつりと言うと、菜々さんは少しだけ目を細めた。
「いい顔になったじゃない、セイ君」
選挙も電源も、止まった瞬間に全部負ける。けれど逆に言えば、止まらない仕組みを作れれば、村はまだ何かを選べる。先が残る。
「もし蓄電設備を持つ事業や企業が入れば、停電時の安心材料にもなるし、企業誘致の旗にもなる。原発がある村だからこそ、非常時の備えはむしろ売りになる」
「そう。村議選は、ただ議席を取るだけじゃない。何を村に残すかの提案戦でもあるのよ」
夕方、役場の窓から漏れる光を見ながら、僕は思った。
この村で勝つには、票を数えるだけでは足りない。電源を守る側に回り、物語を作る側に回るしかない。
それは、村に残るための言い訳じゃない。村出身者として、初めて自分で選んだ仕事だった。
村の支配域は、土地だけでは終わらない。次は票と安心だ。
更新遅くなりましたが選挙編に突入します




