第13話 支配域のドミノ
そして、二ヶ月後。季節は移り変わり、僕は20歳になっていた。
先日、それまで住んでいた狭苦しい公営住宅から、ボイラーや水回りの修繕が完了した空き家に引っ越した。平屋ではあるが持ち家、一国一城の主である。菜々さんとはお隣同士だ。
針の筵のような近所付き合いになってしまった公営住宅は早く出たかったのが、正直なところだ。
あれから投資の方も含み損はあるものの順調で、300万通貨単位で保有しているトルコリラのスワップ収入は毎日1万円近く入ってくる。おかげで当面の生活費の危機感はなくなった。とはいえ、持っているだけで勝手にお金が入ってくるというのは、人知れず悪いことでもしているような気分だ。
しかしながら、前よりは投資というものにも前向きな気持ちになってきた。聞いてみると菜々さんの投資範囲は広く、カンボジア株式まで及んでいるようだ。5年後10年後のバブルを見越した長期熟成で放置スタイルらしい。僕もそろそろ本格的に投資を始めてみたいなと思う。手堅いものをと言ったら、何をいまさらと笑われそうだが……。
「セイ君、朗報よ。異議は一件も出なかった。官報で公告を出しても名乗り出る猛者がいなかった以上、法的に『所有者不明』は確定したわ」
推薦した佐々木司法書士が正式に管理人として選任され、その権限に基づき裁判所の許可を得た上で、僕と管理人の間で売買契約が締結されることになる。
価格は、土地の価値が著しく低いことを鑑みた「固定資産評価額」ベース。1000坪あたり1~2万円程度の二束三文だ。
再び農地転用の手続きを行い、法務局に送付された登記申請書により、山ノ上地区の「所有者不明」だった土地は、正式に「所有者 黒部星」として書き換えられたのだった。保全会への追い込みも進めてはいるのだが、こちらはもうしばらく時間がかかりそうだ。
だが、僕はそこで手を止めなかった。菜々さんの指示は、さらに苛烈だった。
「さて、セイ君。あなたが新しく手に入れたその土地……その隣には、まだ『所有者不明』の区画が残っているわね?」
「はい。もちろん調査済みです」
「あなたは今、隣接地の『所有者』になった。つまり『利害関係人』として、次の不明土地に対して管理命令を申し立てる資格を得たのよ。一つ穴が開けば、そこからドミノは止まらない。山ノ上地区全体を、大滝たちの支配域から、あなたの支配域へと塗り替えてやりなさい」
登記完了の通知書を握りしめ、僕は改めて所有者不明土地管理命令の申し立て書類に署名した。その数は8筆に及ぶ。隣の土地を手に入れたことで、その隣接する土地という接点が増えていくからだ。
かつて自分が「投資対象」として見ていた紙切れが、今は村の利権を解体し、自分たちの支配域を拡大していくための刃として、確かな重みを持っていた。
夕刻。
外観だけモダンに改修した菜々さん宅の前に、大きく真新しい看板が設置された。
そこに記載されているのは『高橋菜々 後援会事務所』。まだ選挙期間には早いので選挙事務所開きとはいかないが、後援会事務所は問題ない。
「さて後援会長、準備はいい?」
菜々さんは白いタイトなスーツに身を包み、戸惑うように看板を見上げる僕に真っ赤な腕章を差し出した。
「法律で土地を奪い、選挙で権力を奪う。……歴史の目撃者になる覚悟、できたかしら?」
村全体を支配していた「絆」とやらの空気の亀裂から、新時代という名の閃光が漏れ出していた。それは彼らの既得権益という盤面をひっくり返す、二人きりの静かな宣戦布告の幕開けだった。
ここまでを一章としまして10日ほど書き溜め期間とさせていただきます。
フォロー、評価ありがとうございます。




