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支配域の管理論〜ドミネーション・マネジメント  作者: nov


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第11話 ブラックボックスの穿孔

「所有者不明土地管理命令……? そんなもの、聞いたこともありませんな」


 村役場、住民課の窓口。

 カウンター越しに対応に当たった中年の職員は、僕が差し出した「理由書」と図面を、まるで得体の知れない汚れ物でも見るような目で一瞥した。

 

「それはおかしいですね。とりあえず、佐藤さんの土地に隣接する山ノ上地区の数区画について、所有者の特定が必要です。僕は隣接地の所有権を持つ『利害関係人』として、登記名義人の住民票の除票、および戸籍の附票の閲覧を申請します」


 僕が努めて事務的に告げると、職員は鼻の頭に浮いた脂を拭い、声を潜めた。


「黒部さんと言いましたか。法律がどうのと仰るが、村には村の手順というものがあるんです。そもそも、その土地は地区の保全会が長年適切に管理している。部外者が勝手に入り込んでかき回すような真似は、お控えいただきたい」


 組織の具体的な名称が出てきたな。一体、何を保全しているのやらだが。


「村には村の手順で、適切に管理、ですか」


 僕は窓の外、遠くに見える山ノ上地区の斜面に目を向けた。


「あそこは今、僕の背丈ほどもある雑草で覆われています。近頃、熊の出没が相次いでいますよね? これだけ見通しの悪い不管理地が放置されていることは、隣接地を所有の準備を進めている僕にとって、身体の安全を脅かす重大な権利侵害にあたります。その旨の手紙を登記名義人に出してみましたがほとんど返送されてきました」


 職員の眉がピクリと動いた。


「草刈りなら、時期が来れば保全会がやりますよ。わざわざ裁判所を引っ張り出して波風たてるような話じゃない」


「いいえ。現に放置されているという事実が重要なんです。管理の実態もない名義人が放置し、それが第三者の安全を脅かしている。これは改正民法に基づく『所有者不明土地管理命令』の要件を十分に満たします。法的手続きに必要な『探索を尽くした証拠』として、まずは不在証明をいただけますか。それとも、正当な理由がある申請を拒否されるというのであれば、地方裁判所へその旨を報告しますが」


「……少々、お待ちを」


 職員は懃懃無礼な一礼を残し、奥の執務室へと消えた。そこで誰に電話をかけるのか、想像するのは難しくなかった。大滝議員だ。

 

 

 一時間後。

 僕の手元には、数枚の公的な書面が揃っていた。

 

 『不在住証明書』

 『不在籍証明書』

 

 「該当者なし」という無機質で無慈悲な文字。


 複雑な親族関係を追うまでもなく、名義人の住所地には誰も住んでおらず、村に戸籍や住民票の過去情報すら存在しない。


 「所有者の不在」が、公的に確定した瞬間だった。


 

 意気揚々と改修中の菜々さん宅のリビングに戻ると、菜々さんがタブレット端末に表示された各地区の地域保全会の決算書と、僕が持ち帰った証明書を見比べ、冷たい微笑を浮かべた。


「お疲れ様、セイ君。これで『弾丸』は揃ったわね。こちらも情報公開請求を掛ければ、彼らが隠したがる『中身』は筒抜けよ」


「ええ。役場は必死に隠そうとしていましたが、結局は紙一枚の事実の積み重ねでしかない」


「面白いわ。組織――地域保全会は、この『所有者不在』の土地までを、あたかも『管理中』として村に報告し、多面的機能支払交付金を一括受領している。でも、セイ君が撮ってきた写真を見れば、実態は管理も保全もされてないただの熊のテリトリー。……つまり、地域保全会は『存在しない管理実績』を捏造して、公金を中抜きしていることになるわね。これ多分、ジジババに清掃や草刈りなんかの小遣い稼ぎさせることで選挙時には地区の集票組織としても機能してる」


 菜々さんは画面上の数字を指で弾いた。


「大滝たちが守りたかったのは絆や共同体じゃない。この、誰の目にも触れない地籍の空白から湧き出す、年間数千万の『不労所得』と『役得』よ。……さあ、行きましょうか」


「どちらへ?」


「決まっているじゃない。隣町の地方裁判所よ」



 隣町にある裁判所支部の重厚な扉を、僕は押し開けた。

 

 提出したのは、山ノ上地区における『所有者不明土地管理命令』の申立書。

 添付資料には、僕が佐藤さんから譲り受けた土地の権利証、役場から毟り取った不在証明、そして――菜々さんが指示して撮影させた、不気味なほど高く伸びた雑草と、そこに残された獣の足跡の写真。


 村の不文律。有力者の意向。そんな曖昧な『空気』が支配する世界に、近代法の冷徹な法執行(ロジック)というドリルが突き立てられる。官報掲載料や管理人の報酬として予納金30万円ほど入金する羽目になったが、申し立ては何ら問題なく受理された。

 

 これでそのうち、村役場を通じて、保全会のトップである大滝匡也の元へ、会計監査院からの「照会書」が届くことになるはずだ。

 

「管理の実態を証明せよ」という、逃げ場のない問い。


 まぁそうなるように仕向けるのだが。ああいう自分達で作った明文化されていない身勝手な『空気』みたいなルールを押し付けてくる輩には、法執行という無慈悲な国家権力で殴ってやればいい。

 


 「これで、彼らの支配域(シマ)に穴が空きましたね」


 帰り道、海沿いの国道を走りながら僕が言うと、運転席の菜々さんは楽しげに目を細めた。

 

「ええ。穴から漏れ出すのは、金と、嘘と、絶望よ。……管理命令が下れば、その土地の管理権は裁判所が選任した実在する管理人に移る。そして、大滝たちの『集金装置』と『集票装置』は、私たちの前に陥落するの」

 

 やつらの支配域を、僕たちの支配域に塗り潰すための、これが最初の一穿ちだった。


新作「支配域の管理論」始めました

あと「札幌クソゲー」もラストまでプロット書いたので頑張って完走したいと思っています。

リアル土地買いたいので評価協力お願いしまーす!

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