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支配域の管理論〜ドミネーション・マネジメント  作者: nov


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第10話 不労の呪縛

 「お手紙攻勢」の成果は、予想もしない形で返ってきた。


 数日後、僕の元に届いた一通の封書。差出人は札幌市内の住所。以前、登記簿から拾い出した山ノ上地区の隣接地の所有者の一人、故・田中氏の遺族だった。

 返信は丁寧だが、内容はどこかズレていた。


『土地の管理についてお手紙をいただき恐縮です。ただ、亡くなった父の遺品を整理していたところ、以前は村から「協力金」といった名目で端金が振り込まれていた形跡がありましたが、現在は途絶えているようです。こうした公的なお金の手続きも含めて、あなたのところで引き受けていただけるのでしょうか?』


 過去の遺物となった「協力金」の謎。

 僕はその単語をスマートフォンのメモに叩き込み、改修中の家のリビングでノートパソコンを開いている菜々さんの元へ向かった。



「……菜々さん。これ、どういう意味かわかりますか?」


 画面から目を離した菜々さんが、僕の差し出した手紙を一読し、低く、愉悦を孕んだような声で笑った。


「あら。やっぱり、この村の『毒』は想像以上に根深そうね。セイ君、良い資料が手に入ったわ」


 彼女はキーボードを叩き、一つのフォルダを開いた。そこには村の予算決算書の詳細データと、AIによる推計値が並んでいた。


「見て。統計上、この村の農業経営体は事実上ゼロに近いわ。でも、村の決算書や議会だよりをAIで精査すると、『多面的機能支払交付金』と、それに付随する村独自の『農地環境保全協力金』が数千万単位で計上されているの」


 彼女の指差す数字を見て、僕は息を呑んだ。


「農家がいないのに。……農家向けのお金が出ている?」


 一反(約千平方メートル)あたりの単価に面積を掛け合わせると、ただ草を刈って「景観を維持している」という名目で支払われる金額が、普通の農家が汗水垂らして野菜を育てる手取りを遥かに上回っていた。


「統計学は、沈黙している嘘を暴く学問よ。セイ君、農家一戸あたりの交付金がベンツ一台分なんて、普通の村じゃありえないわ。これは個人への支援じゃないのよ。地元の有力者が牛耳る『地域活動組織』という名のブラックボックスに、村を通じて注ぎ込まれている麻薬なの」


「地域活動組織……?」


「そう。かつては個人に端金を配って『ハンコ代』として懐柔していたけれど、今はもっと巧妙よ。組織が『周辺の管理を一括で請け負う』という建前を作って、法律を盾に交付金の受取口座を組織名義に切り替えさせたの。所有者が不明だろうが、都会に住んでいようが関係ない。組織が『管理している』と申請すれば、その面積分だけ組織に金が落ちる。所有者には『草刈りはこっちでやってやるから』とだけ伝えて、本来その土地が発生させている多額の交付金については沈黙する。遺族が『協力金が途絶えた』と感じているのは、彼らが『死んだ権利』の上に座って、濡れ手で粟の管理料をまるごと吸い上げているからよ」


「……じゃあ、みんな自分の土地がいくら稼いでいるか知らないまま、放置してるんですか?」


「そう。経済的に『合理的』に動いた結果、彼らは誰かに丸投げの不労所得の依存症になったの。これが『不労の呪い』――。あふれる原発マネーという資源が、かえって地域の産業と自立心を根底から腐らせたのよ。彼らにとって土地は『富を生む資産』じゃなく、ただ組織がその金を吸い上げるための『集金装置』に成り下がっている」


 菜々さんは冷徹な目で窓の外、古びた村の景色を眺めた。


「だから土地は動かない。売る必要がないから。そして新しい産業も育たない。働かなくても食えるから。ここは、生きたまま腐りゆく経済の標本箱なのよ」


 僕がやろうとしているハーブ栽培のシミュレーションより、放置して協力金を貰う方が、リスクなしで利益率が三倍も高い……。なんて馬鹿げた構造だ。


 思考が冷えていくのを感じた。僕が「支配」しようとしている領域は、そんな歪な土壌の上にある。



 その時、庭先に一台の高級セダンが滑り込んできた。

 そこから降りてきたのは、背筋をピンと伸ばした老人。村議会議員、大滝匡也。


「ごめんください。……ほう、随分ときれいになるもんだ」


 大滝は、僕と菜々さんを見ると、いかにも「善良な村の長老」といった顔で微笑んだ。だが、その目は粘つくような毒液を湛えている。


「黒部くん。役場で君が佐藤さんの山を買ったと聞いたよ。若いのに、村の将来を考えて動いてくれるのは嬉しいことだねぇ」


「……ありがとうございます」


「だがね、一つだけ老婆心ながら言わせてもらいたい」

 大滝は、僕の肩に手を置き、ぐっと力を込めた。指先から湿った圧迫感が伝わってくる。


「この村の土地にはね、目に見えない絆があるんだ。先祖代々守ってきた歴史と、村の和。それを都会の理屈や、ましてや機械の計算だけで解いて回ろうとすると……結び目が切れて、村が壊れてしまう。君のしていることは、村の『形』を変えることだ。それはね、誰も望んでいないんだよ」


 静かな、だが逃げ場のない脅し。

 大滝は菜々さんを一瞥し、フンと鼻を鳴らした。


「これまでの積み重ねで、この村は平穏を保っている。それをかき回す不純物は、いずれ村が排除することになる。……自覚しておきなさい」


 大滝はそれだけ言い残すと、悠然と去っていった。



 静まり返った室内。

 僕は自分の手がわずかに震えているのに気づいた。だが、それは恐怖ではなく、得体の知れない興奮だった。


「……菜々さん。今の、聞きました?」


「ええ。最高の宣戦布告だったわね」


 菜々さんは不敵な笑みを浮かべ、キーボードを力強く叩いた。


「大滝が守ろうとしているのは『伝統』じゃない。補助金という麻薬が生む『停滞』という名の利権よ。セイ君、あの大滝が『空気』で支配するこの村に、私たちは『数字』と『法』で穴を穿つ。協力金が欲しい連中には、そのまま眠らせておけばいい。私たちは、その沈黙の裏側で、彼らが放棄した土地の未来を根こそぎ買い取るわよ」


「……ええ。やってやりましょう」


 次の一手は決まっている。

 不労所得に浸かり切った甘い住民たちに、「管理不足による土地管理命令」という法的な冷や水を浴びせるのだ。


「どうせ住民票を移すのだし、来年の村議会選に出ようかしら」


 不穏な笑みを浮かべる菜々さんを見つめながら、僕は「やべえこいつ」と言いそうになった言葉を必死に呑み込んだ。

新作「支配域の管理論」始めました

あと「札幌クソゲー」もラストまでプロット書いたので頑張って完走したいと思っています。

リアル土地買いたいので評価協力お願いしまーす!

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