ザックマーニャ・リザルト
「エレノール・アストリア、ただいま聖なる山より帰還致しました」
魔導練達の間へと続く大きな両開きの扉の前に立ち、声に魔力を乗せて宣言する。受付の間と同様に幾何学的な文様が扉に刻まれ、彼女の魔力に反応して呼吸するように色を変えた。
「β級魔導師アストリア。入場を許可する」
皮肉が籠ったような高い女性の声。その声はエレノールの良く知っている声だった。
音もなく扉がこちらに向けて開いていく。
開いた扉の脇には紫色のローブを羽織った魔導師が1名ずつ立っており、先ほどとは別の男、扉の右側に立っている魔導師から前に進むように促された。
正面には豪華な絨毯が敷かれ、その先にはきらびやかな魔導石を散りばめた少し小さめな玉座が見える。まだザックマーニャの姿はそこにはなかった。
扉の左側に立ち、長杖を威嚇するように鳴らすのは銀髪の女性魔導師。豊満な胸を自信ありげにわざとらしく揺らす、言わずと知れたタリカ・リーベルナックの姿がそこにあった。
「ほう、よい魔力を練るようになったな、アストリア」
そう言葉を発したのは右側に立っていた男性の魔導士だ。顔を出しているタリカと違い紫色のローブを深々と被っているので、その表情は全く伺い知ることはできなかった。
エレノールは自身の短杖を強く握ると、肩に乗っている相棒のミンミの身体を優しく愛おしげに撫でた。
そのまま絨毯の中ほどまで進むと、正式な魔導協会の仕来りに則った挨拶を示す。
杖を自分の前方の地面に置き、害意が無い事を示す。話す相手は直接見ずに頭を垂れ、片膝を付くようにして畏敬を示す。直接視ることが不敬を表すのは勿論のこと、『相手を視認すること』が魔導の発動条件の一つであるが故に、それを防ぐという意味合いがある。
(……来た!)
針で全身を刺されるかのような急激な魔力の高鳴りを肌で感じた。
扉の周囲で控えていたタリカともう一人のα級魔導師もその場に跪くようにして、深く頭を下げたのだ。
室温が高いわけでもないのに、エレノールの額にはどっと冷や汗が滲み出ていく。
恐ろしいほどの波動、強大な魔力量。
圧倒的な威圧感に自分の呼吸器が悲鳴を上げるようだ。
玉座には得体のしれない何者か……もちろん、それは一人しかあり得ない。
この場で圧倒的な力を示しているであろう人物。
徐々にその輪郭が露わになっていく。
8歳ほどの幼女のような外見。もちろんその外見通りの年齢の訳はない。魔導師に外見年齢を比例させて考えるのは愚の骨頂というものだ。
栗色の髪を纏めずに無造作に伸ばしている。気の強そうな赤い瞳と、太い眉毛が彼女の苛烈な気性を反映しているようだった。尖った耳は彼女がエルフの血を受け継いでいることを示していた。
そして右手に持つ銀白色の堂々たる錫杖。彼女が持つだけで尊大な威圧感として、近づくものを圧迫するそんな印象だ。
魔導協会ギルドマスター。ザックマーニャ・リザルトが姿を現したのだ。
「戻ったのかアストリア。息災でなによりじゃった」
聖なる山では直接彼女とは相対はしていないが、使い魔越しにザックマーニャの純然たる魔力の迸りは感じていた。
しかし、いざ本人を目の前にすると彼女から発する恐ろしいほどの魔力の圧迫感に、エレノールは頭を上げようとしても上げることができない。その自分の無力さ、現状の魔力量の圧倒的な差を感じて嫌になった。
「ミャア……」
ミンミはエレノールの横に這いつくばるようにしてへたり込み、魔力の圧迫にただ不快な鳴き声を上げているだけだ。
(くそ! 奴の一つ一つの動作、声、異様な魔力の威圧感。未だに慣れることができない。一体どれほど魔力が高いのよ、ふざけ過ぎている!)
自分の魔力が高まれば高まるほど、更に差を感じてしまい無力感に苛まれる。
ザックマーニャは優雅に玉座から降りると、けだるそうな歩調でエレノールの前へと進み出る。その手はエレノールの金髪に触れ、残酷な笑みを称えた。
「よしよし、可愛いアストリア。聖なる山に向かってから報告が途絶えておったから心配していたのじゃ。無事戻ってきてくれて、わらわは喜びに満ち溢れておるぞ!」
嘲るように、キャハハハ! と笑うザックマーニャ。
しかし彼女から発せられる魔力の渦は更に暗く、濃くなるばかりだ。
(ふざけないで! そんなこと、この女が露ほども思っている訳はないでしょ)
エレノールは必死に頭を上げようとする。しかしザックマーニャの威圧が激しくなり、全く自由が効かず押しつぶされるような声を漏らすのみ。それは扉の左右にいたタリカと男の魔導師も同じ事であった。
「じゃがアストリア。焔刃の使い手とだいぶ仲良くなっているようじゃな。わらわが知らぬとでも思ったか? もちろんそれは星流人を裏切ることを前提としたものだと、そう解釈しているのだが、まさかまさか……」
ザックマーニャの喜劇めいたうんざりするような演説が続く中。渾身の魔力をふり絞り、エレノールは視線を少しだけ上に上げる。
彼女の腰に下がった小さな短刀。禍々しき光を放つそれから、強大な魔力が放たれているのが感じられた。それは只の魔法の短刀などでは無い事は明白だ。
(それだ! 神の包丁がそこにあったのね……今のあたしなら!)
エレノールの瞳が緑色に光り輝く!
それは彼女の異能『異常覚知』の発動を示していた。神機焔刃に触れたことにより、神の包丁自体の魔導の型を認識することができるようになってきていたのだ。
そんなエレノールの視線上に、急にしゃがみ込んだであろうザックマーニャの幼い顔が割って入る。
「何を視ておるのじゃ? 可愛いアストリア。まだ可愛がり方が足りないとみえる。ついこの間、半死半生にしたばかりではないか」




