表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生した寿司職人ですが、神の包丁で魔王の呪いごと捌いてやります ~女神様は俺の寿司の虜ですが何か?~  作者: 小宮めだか
2部【王都 前編】 3章 それぞれの王都

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

94/99

アリーゼ・フォン・グリモワール

「さぁさぁ、寄ってらっしゃい! 俺の故郷の『天ぷら』って食べ方を今から披露するよ。食材の美味しさが際立つ魔法の食べ方だ!」


 孤児院の中庭に張られた天幕内で、天ぷらの衣を水で混ぜながら大声を出す。

 小麦粉と水を菜箸で切るように混ぜながら、入れ物を氷で冷やす。

 ちゃんとしたてんぷら粉を使っているわけでは無いから、冷やしながらも混ぜないとすぐにダマになってしまうからな。

 その様子を黙って見つめるグラーチス。

 隣ではセリナとフィリナが、揃って俺の一挙手一投足を息をのんでいる。

 周りには何事が始まったのかと、段々と集まってくる孤児院の子供たちの姿。

 他の天幕内にいた大人たちも自分たちの手を止めて興味津々で見守っている。

 目の前で段々と油の温度が上がっていく。


「よし。細工は流々仕上げを御覧じろってやつだ」


 タイミングを見計らい、衣に包まれた玉ねぎとカボチャたちを一つずつ丁寧に油に入れじっくりと揚げていく。

 まだ玉葱とカボチャはいいだろう。それは野菜だから受け入れられやすい。

 しかし……生魚ではないとはいえ、やはり魚介類を調理して皆の前に出すことに一瞬躊躇してしまう自分がいる。会ったばかりのフィリナやエレノールの反応がどうしても脳裏を過ってしまうからだ。

 それでも、美味しいものを食べて欲しいという料理人の本能と言うべきものに突き動かされていく。

『旅人の知恵包み』から取り出した捌いたばかりの状態を維持しているイカとエビもどき。それをゆっくりと油の中に入れていく。しばらくすると衣が跳ねるような「パチパチ」という高い音が聞こえた。


「よし。このタイミングだ! 海老とイカの天ぷら、一丁上がり!」


 揚げ立ての天ぷらにサッと塩を振りかけ、皿に盛り付ける。まずはグラーチスに食べてもらわないといけない。奴の口から「美味しい」という言葉を引き出してやるんだ。


「これがトラジとフィリナの答えという訳だな」


 グラーチスは確認するように俺とフィリナの目を交互に見据える。心の中まで読まれてしまうかのような厳しい視線だ。フィリナがごくりと唾を飲みこんだ。


「そうだ。俺は神の包丁があるからここにいるんじゃない。自分が何者なのか、そして師匠が何を為そうとしてこの世界の為に力を尽くしたのか、それを知るために……まずは寿司を広めたいんだ」


 異世界に何の気なしに召喚された訳じゃない。

 そうだったら師匠との繋がりなんて元々関係ないはずだ。でもそうじゃなかった。

 様々な事柄が神の包丁と絡んで、密接に意味を成していた。

 これは偶然ではない。だから、それを知らなきゃいけないんだ。


「ふむ。これは……生ではない。しっかりと火が通っているが、元々の素材の味わいが深く刻まれた逸品だ。熱したことで更に、そのものの生きた血潮が感じられるようだ」


 グラーチスの口元が笑みに染まる。それは焔刃の使い手を、いや……海棠寅次を認めたという証でもあった。

 フィリナとセリナが抱き合って喜び合っていた。俺もホッと胸を撫で下ろす。


「トラジ、お替りをくれぬか。そして今までお主を試そうとした非礼を詫びよう」


 その言葉を待っていたように、周囲に集まってきていた子供も大人も俺たちが揚げた天ぷらを口にし始める。それはラベルク村での常識を覆した瞬間に似ていて、世界の常識が少しずつでも変わりつつある予兆であったのかもしれなかった。


✛ ✛ ✛


 そんなトラジたちの様子を少し離れた場所から、じっくりと眺めているフィーム族の女性が居た。颯爽した肩まで伸びた深い茶色の髪が風に揺れて、見る者を思わずハッと立ち止まらせる雰囲気があった。

 キリッとした眉に切れ長でバランスの取れた形の目をしていた。年齢は20代後半くらいだろうか。面長な顔立ちでふっくらとした唇。黒を基調とした派手ではない服装、その眼差しからは深い教養と奥深さが見て取れた。知的な美人顔だ。


「アリーゼ様、どうなされましたか」


 そう呼ばれた彼女は、自分の想いから引き戻されるようにして振り返った。


「ああ、すまないなセバス。あの人だかりが気になったのだ」


 洗練された外見からは想像できないような男勝りの口調だ。

 傍に付き添っている明るい髪色をした、丁寧な口調と背の低い男性。彼は六陸連合共和国に住む異種族、ホビィ族の出身であった。


「どうやら魚介類を揚げたものを食べているようですね。グラーチス殿の姿が見えますな。神殿に籠っている彼が出てくるとは珍しいことです」


「ほう、魚介類を……亡き夫を思い出すな、セバス」


 アリーゼの言葉からは否定の意味は感じられず、むしろ魚介類を歓迎するかのような響きが感じられる。

 魚介類を揚げてまで食べるという行為。それは彼女、アリーゼ・フォン・グリモワールからすれば、自分の最愛の夫の姿と重なるものがあったのだ。

 サバスも過去に想いを馳せる様に、自分の主人の言葉に少し間を置いた。


「お館様は研究熱心なお方でしたね。特に古の魚介類に関しての研究。わたくしは今でもゼルガー様を心より尊敬しておりますよ」


「もちろんだとも。ありがとうセバス」


 そう言ってアリーゼはまたトラジの方に視線を戻す。そこに映るのは若々しい料理人の姿なのか、はたまた自分の夫の姿を重ね合わせていただけなのか。なによりグラーチスや孤児院の子供たちと一緒になって楽しそうに笑いあっている若者が、アリーゼにとても温かい印象を残したのだった。


「セバス。あの者を詳しく調べて欲しいのだが、やってくれるか?」


 小さい声だが、はっきりとそうセバスの耳に聞こえたのだ。


「かしこまりましたアリーゼ様。王都も広いとはいえ、すぐに何かしらかの情報はつかめましょう。しばしお待ちください」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ