天ぷら
俺はフィリナたちを連れて、孤児院に戻ってきていた。
厨房内に陣取り、近くの水槽の中にある海産物を厳しい眼差しで吟味していく。
「ここまでわざわざ儂を引っ張り出したのは、もちろん意味があるんじゃろうな?」
先ほどまでの緊張感はどこへやら。
まさに好々爺然としてグラーチスは、俺をからかうかのように笑っている。
逆に稽古場よりも数倍心許ない表情をして、妹とともに落ち着きないフィリナだ。
「トラジ。こんな場所に御師様をお連れして、いったい何を始めるつもりなの」
「そうだな。ちょっと待ってよ、確かそっちに小麦粉があったよな……」
「相棒。自分で調べるんだ。この場にお似合いの能力を、まさか忘れたとは言わせないぜ」
グリューンがふざける様に片目をつぶる。
いいぞ。だんだんとこっちのペースに戻ってきた。
拳を重ねることで見えるものも確かにあるだろう。だけど、今回はグラーチスに信用してもらうことが目的だ。自分の力を誇示するべき時じゃない。
『食材探知』
イカやエビのような素材。そしてギリナ粉という名前の、つまりは地球で言うならば小麦粉の類。俺の能力に反応して、厨房の中に無造作に置かれているそれらの食材が点々と光を放って見えた。
「これから天ぷらを作ろうと思うんだ。絶対子供たちに、そしてあんたに美味しいって言わせてやるからな!」
新鮮な魚介類を小麦粉の衣でコーティングして、それを油で揚げることで旨味を凝縮できる、日本ではとてもありふれた調理法だ。昨日冒険者ギルドでも油で肉を揚げていたのを思い出して、だったら材料さえあれば天ぷらができるんじゃないかと踏んだわけだ。
そして氷も欲しい。衣を作る小麦粉は冷やしながら混ぜないとダマになりやすい。
しかし、そんな都合よく氷なんてあるのか? 考えてみればこのエリュハルトには電気もないし、冷凍庫なんてものも存在しないはずだ。
「トラジ! お前が聖なる山で作ったアイテムボックスを使えばいいんじゃねぇか」
「旅人の知恵包みか。あれには保存機能も付けていたはずだ。後は氷だな」
俺とグリューンの会話を横で聞いていたフィリナ。
その瞳が何かを思い出したかのように輝いた。
「氷が必要なの? それなら近くの市場に売ってるわ。初歩魔導で氷を作り出して売りさばくお店があるわ」
それを聞いたセリナが急いで市場に向って駆け出していく。その手にはフィリナから渡された『旅人の知恵包み』が握られている。頼むからお店開いていてくれよ。
それに天ぷらを作るんだったら、他の食材だって欲しい。
「相棒。これなんかいいんじゃねぇか」
グリューンがすぐ脇に積まれているオレンジ色の小さな球のような野菜や、少し奥に四角いスイカにしか見えない縞々模様が表面に入った食材を指差す。
頭の中に『食材探知』の情報が流れ込んでくる。オレンジ色のものがサチト、つまりは玉葱。スイカにしか見えない縞々野菜はカボチャだった。こっちはノルーチャというらしい。
しかし、エリュハルトでの野菜名は絶対忘れる自信がある。
「うひひ! 覚えられないからって開き直ってんじゃねぇよ」
グリューンとのいつものノリツッコミを、「クハハッ」と大声で笑いながら聞いているグラーチス。その表情からは険しさは綺麗さっぱり消え去り、穏やかな海辺の午後とでもいった雰囲気が伝わってきて、ホッとする。
よし。天ぷらに使うのはこの4種類だ。
イカもどき、エビらしきもの、玉葱系とカボチャに似たやつだ。奥に天ぷらに使えそうな鍋と油も確認。卵は厨房の隅に山積みにされていたものをグリューンが咥えてきた。
これであとは捌くだけだ。
まずは海老もどき。暗い所に置くと殻が発光するように鈍く光るらしい。光が強い方が鮮度が良い、と包丁から声が聞こえてきたような気がする。迷わずに海老の頭をねじり取り皮を剥く。背ワタを取り、筋を切ってまな板に並べる。
イカらしきもの。地球のものより大ぶりで四角いフォルムだ。胴部分に指を差し込んで、繋いでいる部分を剥がす。墨袋が黒じゃなくて赤っぽいのが面白い。やはり異世界なので細部が違うんだな。輪切りにして食べやすい大きさに揃えていく。
捌いたものを『旅人の知恵包み』の中にどんどん放り込んでいく。
すると息を切らしながらセリナが厨房に戻ってきた。
「どのくらい要るのか分からなかったから、適当に買ってきたよ」
中を確認するとゴロゴロと大粒の尖った氷が入っている。これでなんとかなりそうだ。
「フィリナ。その鍋を外の天幕まで持って行ってくれ。油を使ってその場で揚げるから子供たちに気を付けてくれ。俺はこっちの野菜を切ってから外に出るから」
これは美味しく仕上がりそうだな。更に即席だけど熱処理してあるものだから、皆にも受け入れやすいだろう。ノリノリなグリューンもいい感じだ。
俺は野菜を切りながら、本部での殺伐としたグラーチスとのやり取りは完全に意識の中から忘れてしまっていた。頭の中にあったのは、ただ孤児院の子供たちの喜ぶ顔が見たいという、それだけの気持ちだった。




