三対一
稽古場の中央に立ちはだかるかのようにして腕を組み、不敵に笑うグラーチス。
その笑顔の裏から発せられる強者の息吹ともとれる強大な魔力。その圧倒的な力は、魔王レイカを彷彿とさせる程のものがあった。
「そうだな。儂の身体に一発でも攻撃を当てられたら認めてやろうではないか……三人で掛かってこい! それくらいで丁度いいだろう」
三対一ということか。上等だ!
俺はこの場所に着いた時からの、グラーチスのわざとらしい殺気にうんざりしていた。
「三人がかりとはいえ、かなり無謀ね」
「でも、姉さんやるんでしょ。顔に書いてあるよ」
「さっきからイライラしてたんだ。やってやるぜ! グラーチス」
おそらく並大抵の攻撃では全て往なされてしまう。剣道で言うならば達人クラスになると剣筋や動きがほとんど読むことができなくて、一方的な流れになる。そんな感覚を思い出した。
(俺がなんとかする! フィリナとセリナは、グラーチスの動きをとにかく引き付けて欲しい)
3人にしか聞こえないような声で小さく呟いた。頷くフィリナとセリナ。
「来い! 先手はくれてやるぞ」
グラーチスのその声が始まりの合図となった!
そのまま二人掛かりで、一気に突っ込む姉妹たち。
『猛虎抜脚の撃!』
『息吹の掌!』
変幻自在に、素早く様々な角度から蹴り込むセリナと、銃弾爆撃さながら魔力の籠る拳の弾幕で迫るフィリナ。
しかし案の定と言うべきなのか。
グラーチスはその場から動く事すらなく、強固な魔力の壁とでも表現するしかない波動が掌から発せられ、奴に触れるは疎か、近づくことすら敵わない。
「こんなものなのか……お前たちの、フィリナの覚悟とやらは!」
グラーチスにとっては攻撃にも値しないのかもしれないな。それほどの実力差があるというのは俺の目から見てもよく分かる。
(一筋縄ではいかない。頼むぞ焔刃。一気に魔力を放出する!)
辛うじて姉妹二人がグラーチスを押さえている間に、全身で魔力を練り上げる。
『焔の紙飛行機!』
東門でのタリカ戦では4つの紙飛行機を作り出すことが精いっぱいだった。
しかし、今は自分の中で覚悟という名の焔が燃え滾っているんだ。
フィリナの言葉に応えたい。
グラーチスに一泡吹かせたい。
(異能の力が届きません……かの者の力は計り知れない! しかしトラジ、あなたの真っ青な魂の色が色濃くならんことを祈り、更なる力を貸しましょう)
久しぶりに女神様の声が聞こえた気がして、ニヤリと不敵に笑った。
それと同時に焔を纏った紙飛行機が出現する。その数は十機!
俺は突き刺すように指を天に向け、自分の思い通りに動くように念じ続ける。
周囲に展開される紙飛行機を横目で睨みながら、グラーチスは嬉しそうな声を上げた。
「ほう……だがそんなものが儂に通用するかな?」
「通じるか通じないか、やってみなきゃわかんねぇだろ!」
その声に呼応したかのように、紙飛行機は瞬時に踊るような焔の渦となった。俺は天に向けていた指を、一気に奴の頭に向け刺すように向けた!
「唸れ! 紙飛行機の群れよ!」
十機の紙飛行機がねじるように地面に向かって急角度で落ちていく。
しかし、グラーチスはまったく避けようともせず、四股でも踏むかのように下半身に力を入れ、魔力を更に高めた。
一瞬、この室内でこんな技を繰り出したら後々大変だろうなという想いが頭の中を通り過ぎたが後の祭り。
焔が固い壁に向かって放たれたような弾んだ音が響き渡り、大きく爆発した!
もちろん姉妹が俺の声と同時にその場から飛び散り、難を逃れたのを確認している。
しかし……
「クハハッ! 効かんぞ小僧、もっと楽しませろ!」
朦々と上がる煙幕の中から、無傷のグラーチスが嵐のような速度で現れる。足の筋肉が大きく膨張し、尋常ならざる殺気が室内に放たれる。
「なんだよ、その筋肉移動って獣人の専売特許じゃなかったのかよ」
奴の殺気に反応して、壁となるべく位置を戻した姉妹。その二人を右に左に、瞬時に組み伏せるとそのまま拳に甚大なる魔力を滾らせ、空気を切り裂くようにして懐に飛び込んでくる!
そのままグラーチスの拳は寸分の狂いもなく、焔刃を構えた俺のみぞおちを捉えた……はずだった。
「小僧、なぜ動かん」
時が動くのを強引に止めたような、そんな些細な間。
俺とグラーチスは、距離にして数センチと言う限りない近さで無言のまま向き合った。
「じいさん、ずっと俺を試しているだろ。拳が近づいてきた時に余計あんたの気持ちがわかったというか……だから動かなかった。動いたら、たぶん逆にやられていたんだろう」
竜でさえも踵を返して逃げ出しそうな、そんな気迫をグラーチスが全身に漂わせる。
「ふん。まだまだ半人前の小僧が言うではないか。ではどうするのだ、どうやって儂を認めさせるというのだ」
グラーチスの全身を巡っていた、凄まじいほどの魔力の渦は収まった。
奴は数歩下がると腕を組み、俺の次の言葉を待つかのように静かに佇む。
しかし、震えるような緊張感はまだ稽古場内に確かに残っている。
姉妹も魔力が冷たく吹雪いているかのような感覚に、構えを解けずに固まっていた。
自分の返答如何では、死闘続行ということか。
「俺は星流人だの神の包丁の使い手だの、そんなことはどうでもいいんだ。グラーチス、ちょっと付き合ってくれないか。あんたに食わせたいものがあるんだ」
その言葉の意図を測りかねて、グラーチスは細い目を少し見開いた。
双子の姉妹もよく分からないといった表情でお互いを見合わせる。
俺はどこまで行っても寿司職人だ。
自分を分かってもらうのが目的なら、それなりの戦い方があるってことだ。




