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異世界転生した寿司職人ですが、神の包丁で魔王の呪いごと捌いてやります ~女神様は俺の寿司の虜ですが何か?~  作者: 小宮めだか
2部【王都 前編】 3章 それぞれの王都

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フィリナの迷い

 孤児院の中にある厨房の中に俺とフィリナは立ち尽くしている。

 グリューンすら押し黙り、その場の空気は極端に重苦しい。

 目の前には水槽に無造作に入れられた海産物の山だ。それは孤児院の子供たちに無償で提供されるもの。

 この世界の生魚には毒があるが、なぜか火を通すと問題なく食べることができる。

 自分の中の常識からすれば異常。

 しかし、それはこの異世界エリュハルトでは当然のこととしてまかり通っている。


「私は迷っているの。貴方を連れて拳聖流本部に、御師様の元に行くのを躊躇ってしまっている」


 フィリナの迷い。それは俺にも手に取るように分かるもの。

 たぶん今までは特に疑問にも思わなかったんじゃないかな。


「あなたを信じれば信じるほど、この世界の歪みに気付かされるといえばいいのかしら。でも聖アルベルト教会は私が育った場所よ。もちろん御師様への想いも変わらず胸にある。妹だっているわ。だからこそ……自分がどうしたらいいいのかわからないの」


 躊躇うように、自分の想いを吐露するフィリナだ。

 凍えるように小さな、吐息のような儚いつぶやき。

 俺は迷っている彼女になんて言ったらいいんだろうか。

 腰のベルトで焔刃が優しい光を放っている。


「なんだよ嬢ちゃん! そーんなことで悩んでいたのか」


 そんな能天気な声を上げたのはグリューンだ。

 今まで、甘い匂いを放つ黄色いメロンみたいな果物を気にしてペタペタ触っていたんだが、いきなり俺の頭の上に飛び乗ると、腰に手を当てて自信満々に続ける。


「どうしたらいいか分からないからトラジを連れてきたんだろう。相棒の持つ包丁を見せて、グラーチスがどんな反応をするか、トラジや嬢ちゃんがどう考え、どう感じるか。そのまま伝えればいいんだよ」


「お前な。完全に行き当たりばったりじゃないか。答えになってないぞ」


 頭に手をやり、「えへへ、そうか?」 とおどけるグリューン。

 適当すぎる答えに頭は痛くなったが、確かにこの場で怖気づいていてもしょうがないのは確かだ。

 パシーン!

 するとフィリナが自分の頬を平手で急に叩く。

 強く叩いたからだろう、手の跡がしばらく真っ赤になって残っていた。


「ありがとう、グリューン。お陰で気合が入ったわ」


 整った二重の眼差しの中には、もう余計な淀みは無くなっていた。

 フィリナは手を伸ばすと、穏やかな笑みを浮かべてグリューンの頭を撫でる。

 グリューンはゴロゴロとまるで猫のように喉を鳴らした。

 俺は水槽の中の海産物に顔を向けながらフィリナに考えを伝える。


「こいつらを美味しくする方法をあるから試してみたいんだ。でも、まずはグラーチスに会ってからだな」


✛ ✛ ✛


 決意も新たに、俺たち三人は聖アルベルト教会の敷地内に足を踏み入れた。

 拳聖流本館はシャウザニーク大神殿を抜けた先にある。

 大神殿の中はどこまでも高い天井で、足音が厳かに響き渡っている。遠くからは聖歌のような歌声が微かに聞こえてくるだけで、その場の静けさに空気が震えているような印象を覚えた。

 様々な神の奇跡を示したのであろうステンドグラスのようなものが、大神殿の天井にびっしりと張り巡らされている。

 教会内にはフィリナやセリナが来ていたものと同じ、黒っぽい服を着ている神官たちが沢山働いていて、改めて王都の国教という壮言な雰囲気を目の当たりにする。そこを抜けた先に拳聖流本部はあった。

 こちらもかなり荘厳な雰囲気なのかと思いきや全くそんな事は無かったので、ある意味ちょっとホッとした。それでも地球でいうなら、ちょっとした大規模市民体育館くらいの広さは充分にある。

 その広い道場のような空間内は、床が緑っぽい……まるで畳のようにも見える板が敷き詰められていて、かなりびっくりした。昔自分が剣道をやっていた横で柔道部の連中が畳で練習していたのを思い出した。

 道場内には20名ほどの白い胴着を着た人たちが稽古に励んでいた。フィーム族が多いが、虎のような見た目の獣人や、ドワーフ族の姿もあった。その中に双子の妹セリナも立っていて、フィリナが入ってくると嬉しそうに手を振ってきた。

 その稽古を眺めている160センチくらいの小柄な体格をした壮年のフィーム族の男性。おそらく年齢はベルガくらいか。一見優しそうな細い目が印象的だ。髪はあまり気にしないのかボサボサに伸ばしていた。

 しかしそのゆったりした胴着の下に見える身体は、まるで鋼を編み込んだかのように無駄が無く隙が見えない。針のように研ぎ澄まされ、練り上げられた熟練の空気が見る者を畏怖させずには居られない。

 おそらく彼が、グラーチス・ヒューグラン。この聖アルベルト教会の最高位の一人だ。


「御師様。フィリナ・ルーセント、ただいま戻りました」


 挨拶を済ませるとフィリナはまだ黒いロングコート姿だったので、慌てるようにして皇室に走って行った。その場には俺だけが取り残されてしまい、場違い感が半端ない。


「稽古始め!」


 グラーチスが短く、開始の合図を告げる。

 彼が重々しい一言を発するだけで、道場内にピンと張りつめた空気と緊張が走る。先ほどまで嬉しそうな笑顔だったセリナも真剣な表情に戻り、周囲の稽古生と二人一組になり組み手を開始している。


(そういえばセリナが戦っている姿を見るのは初めてだな)


 フィリナと違い、セリナは蹴り技主体のようだ。彼女の蹴りの正確さや技の重さが周囲の稽古生と比べて明らかに違う。確かフィリナが自分よりも強いと言っていたが、謙遜では無かったということか。


「練られた真っ青な魔力。すばらしいね……君が今代の焔刃の使い手か」


 いきなり横から掛けられたその声に度肝を抜かれる。

 一瞬発せられる恐ろしいほどの殺気。訳が分からず腰の包丁を抜こうとして慌てて手を止める。

 そう。俺の傍にはいつの間に歩み寄ってきたのか、グラーチスの姿があった。


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