ルーシィ・マゼンタ
その後大急ぎで双子の姉妹はギルドを出て山羊蹄車を取りに戻っていった。二人で大喧嘩しながら出て行ったが、たぶんあれは姉妹の日常風景なんだろうなと勝手に想像してしまった。
結局酒場には俺とグリューン、ベルガとエレノールが残ったわけだ。
「グリューン。もう少し早めに思い出せよ。せめてジルベニスタやタリカと別れてすぐでも良かったじゃないか」
自分が思い出せなかったことを棚に上げて、グリューンのせいにするのもどうかとは思うんだが。肩の上のトカゲは悪びれもせず、牙を見せながらニシシと笑うばかりだ。
更に東門でのエピソードに、当たり前だがベルガとエレノールが反応する。
「なんで入都検査にタリカが出てくるのよ。あいつ、そんな場所の担当じゃないでしょ」
「ジルもタリカにはかなり手を焼いているようだな。どうもあのエルフ娘は信用ならん。魔導協会ザックマーニャからの推薦というだけで胡散臭いというのに……」
「あら、ベルガ。そうしたらあたしもその推薦枠の一人なんだけど、信用できないっていうのかしら」
「そういうことを言っておらんだろう。お前のことは完全に信用しておるわ! 今更絡んでくるのはどうかと思うぞ」
酔っぱらった二人が永遠と絡み合うのは聞いていて面白いが、話が堂々巡りになりそうで時間がもったいない。
「相棒。フィリナの嬢ちゃんも居なくなっちまったし、冒険者ギルドの加入はどうするんだ。その為にここに来たんだろう」
グリューンの的確なツッコミに、エレノールがやれやれという表情を見せる。おもむろに席から立ち上がると、ギルド受付に向かって歩いて行った。
先ほど入ってきた時に気になった黒縁メガネの可愛い女性と話しているみたいで、すぐに戻ってくると面倒くさそうに金髪をかき上げた
「受付のルーシィには話を付けてきたよ。今ならちょうど手が空いているから、あっちの個室でギルド登録できるか話をしたいってさ。全く……こういうのはフィリナの役目でしょうに」
そう言ってドルムン肉の包み焼きを盛大に頬張る。口の中にありえないくらいに詰め込んでいるエレノールを見ながら、改めてエルフという種族に抱いている幻想をことごとく彼女に壊されていくのを感じてしまう。
俺はそんな現実から目を逸らすようにして受付に目を移す。するとノートや書類のようなものを抱えて、150センチくらいの低身長の異種族の女性ルーシィさんが、穏やかな笑顔でこちらに歩いてくるところだった。
エレノールは口の中の鶏肉をグラスに残ったお酒で流し込むように飲み干す。そのまま立ち上がり黒縁メガネの彼女を紹介した。
「トラジはドワーフ族を見るのは初めてかな。彼女はルーシィ・マゼンタ。この『古龍の息吹』の受付では一番の古株よ。昔、あたしと一緒に冒険に出掛けた仲だから信用していいわ」
ドワーフ族! エルフといいドワーフと言い、よく聞くファンタジーな固有名詞に心が躍り出すのを感じる。ドワーフって髭もじゃの老人のような姿が思い浮かぶんだけど、自分の目の前に現れた女性は少し太めではあったけれど柔らかい物腰で、黒縁メガネの中の瞳が好奇心いっぱいにくるくるとよく動く、とても社交的な印象を受けた。
「ルーシィ・マゼンタと申すます。いつもエレがお世話になってます。彼女、我が儘だっから大変でしょ。一緒に組むチームが見つかったなんて、アタイはもうそれだけでうれしいんでっす」
「ちょっとルー、止めてよ! 我が儘は余計じゃない? それにまだチームを組むって決まった訳じゃないんだから」
ルーシィさんとエレノールのやり取りを聞いて、少しびっくりしてしまった。よく言えば自由な、別の言い方をすれば奔放すぎるエレノールを信頼している様子が伝わってきたからだ。ルーシィさんが感極まり涙ぐんでしまって、ポケットからハンカチを取り出して目頭を拭っている。
「ルーシィがエレノールと知り合いだとはな。世の中広いようで狭いものだな」
「アタイとエレが組んでいたのは大分前のことでっすから。それこそベルガさんが王都に来る前の話になりますでっす」
この独特の語尾の抑揚具合は方言なんだろうか、それともルーシィさんだけがそう喋っているのだろうか、よく分からない。焔刃の能力の一つである『情報処理』の異能のお陰で、エリュハルトの言語に困ったことはこれまで一切無かった。その異能の力がドワーフ族独特の言い回しすら、方言という表現の仕方で俺の耳に直接届いているのだろうか。
グリューンをチラッと見るが、皿の上に乗った肉にかぶりついていてそれどころではないようだ。
するとエレノールが声を潜めるようにしてルーシィさんに囁く。
「どうせわかる事だから言うんだけど、トラジは流星人なのよ。そして彼のもっている魔道具は正真正銘の神の包丁『焔刃』なの」
俺とベルガの目が点になる。
えっ! いきなりそんな重要なこと、小声だってこんな場所で言っていいものなのか!
案の定、それまでニコニコと聞いていたルーシィさんの瞳が一瞬凍り付き、俺とエレノールの間を視線が三回ほど往復した。
「神機持ち? 流星人? ちょっ、ちょっと待ってエレ! いったいどういうこと……」
ここで大声を出して周囲に情報を巻き散らかさなかっただけでも、ルーシィさんの胆力は相当のものだと言えたのかもしれない。それでも黒縁メガネの奥の大きな瞳が更に大きく見開かれ、彼女の動揺を如実に表していた。
「こちらの個室で詳しく話を聞かせてください。全く! エレも久しぶりに逢えたと思ったら流星人なんて、とんでもない人連れてきてくれたねぇ」
そんなルーシィさんの呟きに、まるで悪戯にうまく引っかけてやったと言わんばかりに、ほくそ笑むエレノール。
彼女のその性格に、半ばあきらめ顔で俺とグリューンは後に続いたんだ。
ルーシィ・マゼンタさん登場。やはり小さい女子は黒縁メガネをつけないと……そんな作者のマンガ感がどっぷり出てしまった感覚が分かる方は、結構いい年なんだろうなと推測してます。
ええ、ええ。もちろん元ネタはあのキャラです。
そんな訳でギルドへの加入を巡り、ちょっと一波乱があるみたいですね。




