合流
冒険者ギルド『古龍の息吹』の奥は酒場になっているようだ。飲食店によくあるカウンターや、雑多に置かれた椅子や机が多数あって、そこだけでも広さはラベルク村の酒場の4倍くらいはありそうだ。
ベルガは狼風の顔つきを真っ赤にして、尻尾をぱたぱたと嬉しそうに振りながらビールを煽っていた。お前、それ一体何杯目なんだよ。
「ベルガ、それ大丈夫なのか。これから王国騎士団に行くんじゃないのか」
「心配するな、元々今日は行くつもりは無かった。ひとっ風呂浴びて早めに寝て、明日にしようと思っているからな」
そういえばジルベニスタも明日にでも来いと言っていたな。全く……酔っぱらった状態で行ったら、真面目一辺倒のジルベニスタにまた食って掛かられるのは目に見えているとは思うんだけどなぁ。義理の息子に完全に動きを読まれているんだな……
「この毛玉のおじさまはしょうがないわよね。あのジルベニスタの苦労顔が目に浮かぶわよ。とりあえずトラジも座んなさいな。フィリナと……その子が妹さんね」
隣に座って既に目も据わっている真紅のローブを纏ったエルフ娘。酒瓶を抱えるようにして飲んでるエレノールも既に酒臭い。俺たちが入都試験で大変なことになっていることを知らずに、呑気に二人で酒をあおっていたわけだな。仕方ないことだけどよ。
エレノールに呼ばれてセリナは颯爽と前に立つと、好奇心が目の中から飛び出そうな顔をしながら、二人を見比べている。
「フィリナ姉さんがお世話になっています。双子の妹のセリナといいます。姉さんからの手紙に書いてあった通りの二人ですね。手紙には……」
それ以上セリナは言うことができなかった。
フィリナが風のような速度で妹の前に回り込み、キッと睨んだからだ。まさに鬼気迫るとはこの表情を言うんだろうな。セリナの目が姉と白毛玉と紅ローブの間で平泳ぎした。
というか手紙って、あの『翼の手紙』の魔導だよな。そこまでの勢いで妹を制止するなんて。いったい何を書いたんだフィリナ。
「よく似ている妹さんだな。双子だから当たり前か。初めましてだな、狼獣人のベルガという者だ。よろしくな」
いつもの気難しく真面目そうな雰囲気はどこへやら。麦酒を飲んで気分が良くなっているんだろう。二人を見比べながら楽しそうにベルガが自己紹介。エレノールもそれに続いて手を振りながら挨拶をする。
「エレノールよ。見ての通りエルフの魔導士。ふふふ、フィリナよりも若干魔力が高そうじゃない。見た目の印象とは違って、どこか苛烈な強い色を感じるわ」
「そんなことまで分かるのかエレノール、フィリナよりも魔力が高いってすごくないか」
そんな気がするだけよ……とそんなことを言いながら何杯目なんだろうか、自分の目の前にあるグラスに酒を注ぐエレノール。酔っぱらいエルフ娘は適当だなと思いながらも俺とフィリナ、セリナはベルガに勧められるままに席に着いた。
既にテーブルの上には肉料理に野菜炒めやポテトフライ風の揚げ物が並んでいる。もちろん魚料理は周囲のテーブルを見渡しても出て来ている様子はなかった。生魚が毒という認識はやっぱり王都でも常識なんだな。
「ダリウス! ドルムン肉の包み焼きを出してくれないか。こっちのワシの友人でな」
カウンターの中で忙しそうに動いている無精ひげを生やした皮鎧を着ているフィーム族の年配の男性。おそらくこのギルド内の酒場のマスター的な位置づけなんだろう。
そのダリウスは豪快に笑いながら、「いつものやつだな、ベルガ」と手際よく手元を動かしていく。なかなかの腕前に目が離せない。
俺がダリウスの包丁捌きに目を奪われているうちに、エレノールがさっさと注文してしまったようで、麦酒やお茶が大きなジョッキで運ばれてくる。グリューン用の小さな器もあったので、エルフ娘の意外な気の使いように改めて仲間意識を感じてしまった。
そんな感心している間にも、キッチンから大きな炎が上がり、周囲でダリウスに対する驚きと称賛のどよめきが広がる。
「あいようベルガ。注文のドルムン肉の包み焼きだ」
ダリウスがカウンターに大きな肉の塊を焼いたものを更に載せて出してくれている。たぶん鶏肉の丸焼きみたいなものだな。しっかりと中まで焼いてあって、肉の中に豆や香草、野菜がたっぷりと詰まっているやつだ。
「ドルムンというのは王国の周辺に生息する鳥型のモンスターでな。低ランクの冒険者でも狩ることができるのでよく出回っているんだ。ガッツリと脂の載った肉質で、安くて旨いぞ」
自分で焼いたわけでも無いのに得意気な表情のベルガに、待ちきれない様子のエレノール。フィリナとセリナはお茶の入ったジョッキを持って準備万端で、俺は喉の渇きを押さえながら自分の麦酒を構える。
「では聖なる山からの帰還と、王都でのそれぞれの活躍を祈って乾杯だ!」
ベルガが宣言と共にジョッキを高く掲げる。その場の全員がお互いの無事を改めて称えるかのように唱和する。俺たち5人と一匹のジョッキやグラスが合わされる音がギルド内に大きく鳴り響いた。
「ちょっと待て、相棒!」
その時だ。
素っ頓狂な声を上げ、グリューンが自分の分の麦酒を飲もうとして固まってしまう。
全員、飲もうとした手が止まり目を合わせる。
「どうしたんだグリューン。そんな遠くを見つめるような目をして」
ベルガの一瞬酔いが覚めたような口調。エレノールの手も止まっている。セリナが恐る恐る姉の肩に手を置く。
「おい、相棒。フィリナ嬢ちゃんの山羊蹄車って、もしかして東門に置きっぱなしなんじゃねぇか?」
息を呑むフィリナとセリナ。
大きな声で笑うベルガ。
呆れかえるエレノール。
俺は力が抜けたような気がして、その場の椅子に座り込んだ。
一旦フィリナ姉妹は退場です。すぐにまた出て来ますからご安心を。
話はトラジとエレノールの掛け合いに移っていきます。




