焔の紙飛行機
異なる魔力が同時に高まり、まるで水の中で二つの渦がせめぎ合うかのようだ。
タリカの身体から湧き上がる圧のような空気の膜。
それを押し戻すかのように、俺の身体――いや、焔刃の燃え盛る刀身から強い魔力が放たれていく。
「タリカ副隊長殿が本気を出している!」
「この規格外の魔力は……まさか本当に神の包丁の使い手だというのか」
兵士たちの間には魔力を捉えられるものたちがいる。なるべく面倒くさいことは避けたかったし、自分から神器持ちだなんて看板掲げて歩かなくてもいいと思っていた。
それがタリカに言葉によって一気に知れ渡ってしまった。
早めに知られたなら知られたで、もうどうしようもない。
どちらにせよ王国騎士団や聖アルベルト教会、魔導協会には焔刃のありかは知らされている。早いか遅いかの違いだ。
だったら。派手にやってやるさ。その方が寿司を王都に広める際に役立つってもんだ。
俺は腹を括った。
(魔導師との戦いは一瞬で勝負が決まるぜ)
グリューンが耳元で呟く。
確かベルガも言っていたことだ。
魔導師は詠唱をしているときが一番無防備になると。
タリカが長杖をまるで円舞をするかのように、ぐるぐると回し集中力を高めている。
彼女の口の中で聞き慣れない文言が紡ぎ出されていく。
俺は腰から一気に焔刃を引き抜くと、ラベルク村でフィリナが唱えていたある呪文からヒントを得て考えていた魔法を思い描く。
実はこれが初披露。ぶっつけ本番だ。
『焔の紙飛行機!』
頭の中で思い描いていたイメージ。それは紙飛行機が自分の思い通りに空中を漂うように旋回する姿だ。
焔刃の燃え立つような魔力に導かれ、4つの焔の塊が俺の頭上に出現する。
その塊は形を変え、まるで空中を泳ぐ炎を纏った紙飛行機の姿を形作った。
まるでそれは、俺の発信の合図を待ち構えているかのよう。
「姉さん! トラジすごくない? だって魔紋錬成は? 詠唱はどうしたのよ」
その言葉にフィリナは改めて神の包丁の規格外の力を再認識した。
魔紋錬成。それは魔導を行使する時に形成される文様のこと。そして魔導を行使するために詠唱しなければならない。
しかしその理すら、トラジは覆せるのだ。
「セリナ。あれが神機焔刃の力よ。わたしたちの常識では測り得ないことなのよ」
フィリナはそうセリナに説明しながらも、自分の中での驚きを隠せずにいた。
それはトラジから放たれている魔力量についてだ。
確かに最終決戦は、かの魔力茸によって自分たちでも考えられないくらいの魔力量を一時的にひねり出させていた。
「トラジの規格外の魔力量が、聖なる山の時よりも更に大きくなっている気がするのはわたしの気のせいだというの?」
俺はそのフィリナの独り言を横で聞きながら、四つの焔の紙飛行機を順番に指し示す。
頭の中に焔が空中を飛行していく軌跡を思い浮かべる。
想いの力。
自分が考えた通りに紙飛行機が動くようにと強く念じる。
タリカの詠唱が段々と早くなり、空気を焦げ付かせるような匂いが訓練所の中に広がっていく。真っ赤な光球が二人の間に形成されつつある。
彼女の振り回す杖がピタリと止まった。
その切っ先がまっすぐに俺の心臓を射抜くかのように振りかざされた。
「四散する炎の指!」
「紙飛行機よ! 燃え上がれ!!」
紙飛行機を指していた指を、一気にタリカに向ける。それは大きな焔の渦へと変化して目の前の大きな胸を揺らす魔導師に襲い掛かる。
その焔の形をした紙飛行機の動きを追尾するかのように、タリカの創り出した燃え盛るエネルギーの矢が次々と射抜いては消える。
二つの焔と炎がせめぎ合い、放出される魔力の渦とでも言うべき赤い光と熱に、フィリナやセリナ、周囲の騎士たちにどよめきが広がる。
「やったじゃねぇかトラジ! この場で新しい技を成功させるたぁすげえぜ!」
グリューンが指を鳴らしながら、鼻の穴を思いっきり広げて興奮する。
威力としてはほぼ同格だったのだろう。
タリカの放った光球も消え失せたが、俺の創り出した焔も跡形もなく燃え尽きてしまった。
そして「きゅるる」と胃が縮こまるような音がする。
急激な腹減り具合を自覚した。
すっかり忘れていたが俺のMPは腹の減り具合に直結している。
(これだけ一気に減るとはな。あんまり連発は出来ない技なのかもしれないな)
訓練場に充満する魔力が徐々に薄れていき、その先に見えたものはタリカの信じられないという表情。
その顔が一瞬で真っ赤に染まり、怒りを露わにする!
「在り得ないですわ……α級である、わたくしの魔力と同等かそれ以上だとでもいうの! ふざけんじゃないわよ! 絶対に認めないですわ!」
あいつ、もしかして自分が優位な状況でこの戦いを終わらせることが目的だったのか。
俺を試すのではなく、おそらく焔刃の力を試したかった。
それでも自分の力を過信し、神機の力を抑え込めると踏んでいたが、それ以上の魔力が放出されて、それで逆上した。
ビリビリとこめかみを震わせ、タリカが練る魔力量は先ほどとは比べ物にならない。
本気を出していなかった、いや……俺たちを舐めきっていたというわけか。
彼女らしいと言うならば彼女らしい。
「舐めてんじゃないわよ! 殺すわ。殺してやりますわ!」
完全にさっきまでのやり取りが棚の遥か上にまで放り投げられてしまっているな。
フィリナがタリカの異常な殺気を感じ、拳に魔力を込める。
セリナも姉の魔力に呼応するかのように、両足に魔力が集まり始める。
しかし、その一触即発の空気はある男の乱入によって、一気に収束することになる。
俺たちは、その長く結い上げた赤髪の男が気配を消してこの場に現れたことに、その瞬間まで気付かずにいたのだ。
それほどまでに彼の気配を消す術は完璧だったのだ。
すっかりと忘れている方も多いとは思いますが、トラジの能力は腹の減り具合と等価交換です。
MP=腹の満たされ具合と考えて頂いて問題ないです。
他の方は純粋に魔力を消費して技を出しますが、彼だけは異質なのです。




