タリカとの再会
目の前に置かれた紫の色の簡易な布に包まれた『判定の水晶球』と名付けられたもの。
異世界転生のアニメでよくある力の判定シーン。
もう百万回も使い古された展開が頭を過る。
「おう相棒! お前の力を見せつけてやれ」
自分の腰に下がる焔刃が力強く反応するのが分かった。
たぶんこれ、女神様の本気が入っちゃってる感じか。
間違いなく嫌な予感しかしない。
「魔力を込めるって、こうやるんだよな」
腹の中央に力を入れて、静かに目をつぶる。包丁の熱だけが意識の中を駆け巡るようにイメージを重ねていく。そして感じられた力を自分の手の中で再構築するように思い描く。
「トラジ……いつもよりもずっと魔力が洗練されているわ!」
「フィリナ姉さん。これって、すっごい魔力量。規格外すぎる!」
双子姉妹の驚く声がやけに遠くに感じている。兵士たちのざわめく声すらもなんだか離れた空間から聞こえる波の満ち引きのように感じていた。
神の包丁だけがこの場にあるかのように。
そこから放たれる女神の意識だけを感じ取れるように。
深い海の底に潜り込んでかのような感覚だ。
『バリン!!!』
手をかざしていた判定の水晶球が、まるで内側からの強大な力に押し出されたかのように、甲高い音を発して細かく砕け散った。
(あ、やっぱり……こういう展開になるんだ)
「なんだ、今の魔力量は!?」
「判定の水晶球が壊れただと! そんなバカな……」
ネズミ獣人や赤髪の女性兵士が目を剥いて、今起こったことをうまく飲み込めずに右往左往していた。
俺が大きくため息をついた瞬間だった。
詰所の奥の扉が勢いよく開け放たれたんだ!
「一体何なんでございますの!! うるさくてサボ……いえ、おちおち休むこともできませんことよ!」
奥の扉から現れたのは紫の魔導師のローブに身を包んだ銀髪の女性。
尖った耳を器用に動かし、真冬のように寒々とした眼差しで室内の様子を探っている。
揺れる大きな胸。
「タリカ・リーベルナック! どうしてこんなところに」
よく名前を思い出したと自分を褒めたい。これはどちらかというと客商売をやっていたが故の賜物だ。それに短い間だったが、彼女の強烈な印象は忘れたくても忘れようがない。
「あ~ら、星流人様じゃありませんか。もう王都アイゼルンにお着きになったんですの? 思ったよりも大分早かったですわね」
タリカの銀髪が自らの魔力のさざ波で細かく揺れている。
彼女は油断なく杖を構えながら、詰所内で割れて散らばってしまった水晶球の欠片を拾い上げ、匂いを嗅ぐように顔に近づけている。
次の瞬間何を感じ取ったのか、タリカの無機質な瞳に笑みがこぼれた。
そしてタリカの発した『星流人』という言葉に周囲の兵士たちがざわめく。
面倒くさいことにならないといいが。
俺は腰の包丁に手を掛け、彼女の動きからなるべく目を離さないようにする。
「タリカ・リーベルナック? あの1番隊隊長ジルベニスタの腰巾着で有名な?」
そんな爆弾発言が詰所の壁側から聞こえて、俺は耳を疑った。
言葉の爆弾は宙を舞い、タリカの豊かな胸に刺さって弾けるかのようだ。
タリカは怒気を露わにし、片目を震わせる。しかし冷静さを取り戻したいと言わんばかりに、持っている杖の柄の部分を床にガツンと叩きつけた。
「セリナ。すぐ喧嘩腰になるのは貴方の悪い癖よ」
「ごめん、姉さん。なんだかちょっと今の言い方が気に喰わなくてさ」
もちろんその発言はセリナからのもの。フィリナがその言葉をいなすが、あまり妹の弁護をしているようには思えなかった。
(なんだ? ジルベニスタやベルガなら騎士団隊長だから分かるんだが、タリカも割と有名なのか? しかもセリナの様子だとあまり良くない噂のようだぞ)
焔刃に手を掛けながらも俺は混乱してしまう。少なくとも王都に入ってすぐに彼女がでてくるなんて思わなかった。更なる嫌な予感が止まらない。
散らばった水晶球を片付け始める女性兵士。タリカには鼠獣人が事の次第を報告している。タリカが大きく頷き、静かにほほ笑んだ。
「わたくし、よく腰巾着だの蝙蝠だのと言われておりますが、それは誉め言葉と思っておりますの。だって組織の為に動くのですから、私情なんてどうでもよくありません? わたしはジルベニスタ団長のお役に立ててればそれで満足ですわ」
「それはいいけど、結局この状況はどうするの? 判定の水晶球が割れてしまってはトラジの入都審査が行えないわ。すぐに新しい物と取り換えてくれないと他の方も後ろで待っているし、迷惑じゃないかしら」
どこかフィリナまでもが攻撃的な言い方なのは気のせいじゃないよな。
双子の気持ちはどこか共鳴してしまっているとかいうアレか。
(相棒、気を付けろ。あいつの魔力がピリピリ突き刺さってきて、さっきからこちらに喧嘩売る気満々なんだよ。だからフィリナもセリナもぷんすかしてるんだぜ)
グリューンの言葉にようやく合点がいく。そういう事なのか。
――まったく、どうもトラジは魔力を読む力が不安定で仕方ないですね
そんな声が焔刃から聞こえた気がした。
シャウザ様か。そんなこと言われてもさ。今だに魔力を感じるっていうことに慣れないのは事実なんだよね。
「星流人と焔刃が王都に足を踏み入れたと、本部に報告を入れなさい! トラジ、貴方の入都審査はあたしが責任を持って引き継いであげるから覚悟するのですわ!」
タリカの挑むような高鳴る魔力の渦を俺はようやく自覚する。彼女の銀髪がゆらゆらと揺れ、王都での波乱の幕開けを告げるようだった。




