セリナ・ルーセント
「セリナ!」
フィリナが嬉しそうに詰所の列から離れて、ショートヘアの女性に抱きついた。
まったく顔のパーツが一緒だ。
つまりは、彼女がフィリナの言っていた双子の妹さんだな。
「生きて戻れて本当に良かった……」
セリナと呼ばれたショートヘアの女性。フィリナの妹は抱きつかれて泣き出してしまっていた。説明してから出掛けたんだろう。とは言え、自分の姉が何週間も帰ってこなくなってしまって連絡も途絶えてしまったら心配するのは当然だ。
地球ではスマフォという通信手段があり、いつでもどこでも自分のことが伝えられていた便利さを思い出し、異世界とのギャップを噛みしめる。
そんなことを考えていると、いきなりセリナがぐいっと俺の顔に自分の顔を必要以上に近づけてきて、かなりびっくりする!
この子、もしや人との距離感バグっている系か!
一点を見つめるような強い視線に、自分も思わず見返してしまう。
グリューンのサングラスが一瞬欲しくなったのは言うまでもない。
「貴方がトラジさん! 姉がお世話になっています! なんでも稀代の腕を持つ天才料理人だそうですね。すごい……わたしもトラジさんの料理を食べてみたい」
き、稀代の腕を持つ天才料理人?
ちょっと待って。何を妹さんに伝えたんだ。まさか焔刃のことまで伝えてないよな。
グリューンが口を尖らせて口笛を吹き、まるでセリナをわざと煽り立てているような音を出した。
フィリナは慌てふためき、すぐさま横に立っているセリナの頬を勢いよく両手で摘まみ上げている。
「ちょっとセリナ! いきなり何言いだすの。トラジ違うのよ、これはね……」
「痛い! フィリナ姉さん痛いってば! なんでよ。素敵な人だって書いてあったじゃない。妹としては姉の初めての恋愛話的なものが聞けたのはすごく嬉しい……ごふ!」
フィリナの的確な拳が、すばやく妹のお腹に向かって浴びせられた。
叩かれた箇所を押さえてうずくまるセリナ。
(あ、今のは絶対に痛いだろ)
俺は片目を瞑ってそんな姉妹のじゃれ合いと言うかぶつかり合いと表現すればいいのか、なるべくそこから目を逸らそうとする。
「おほほほ、セリナ! この子ったら何を言っているのかしら。ちょっとトラジ、失礼するわね」
セリナの片方の耳を引っ張るようにして並んでいる列から離れていく双子姉妹。グリューンがそれを見ながら、俺の耳にだけ聞こえるように呟いた。
「相棒、あの二人は仲がいいんだよな? オイラはフィリナ嬢ちゃんを絶対に怒らせないようにしないとここに誓うぜ」
サングラスをずらしながら、その奥の可愛らしい瞳は真剣そのものだ。
「そうだなグリューン。俺も今、そう強く思っていたところだよ。うん」
俺の目の前に並んでいた、岩石系の異種族の方が後ろを振り向いてギロって睨んでいたので慌ててグリューンと共に頭を下げた。
✛ ✛ ✛
「あらためましてトラジさん! フィリナの妹のセリナ・ルーセントです。トラジさんの肩に乗っている子が使い魔のグリューンさんだね」
フィリナの生真面目さとはまた違って、ハキハキとした運動系の部活にいそうな快活な女子というイメージだ。少し丁寧語が入るのはまだ緊張しているからなのかもしれないな。
ショートとロングという髪の長さで違う印象を受けるが、それ以外の顔のパーツがまるで一緒だ。どちらかというならばセリナの方が少し背が小さくて、胸も小ぶり……おっとこれ以上はあぶないあぶない。
「トラジさん割とイケメン風ですね。この艶々とした黒髪はどうやって手入れをしているんです? 動くのに邪魔じゃないですか? わたしはこう、バサッていつも短く切ってしまっているんですよね」
顔を必要以上に近づけるので、どうしても俺の方から一歩引いてしまう。
やはり人との距離感がバグっているセリナ。まさか目が悪いなんてオチじゃないよな。
サラサラと人の髪の毛を躊躇なく撫でるので、くすぐったくてしょうがない。
さっき会ったばかりなんだけど、そんなことはお構いなしみたいだな。
グリューンが俺の肩の上でケタケタと大笑いしている。
「セリナ! トラジ本当にごめん。この子、拳聖流ばかりに打ち込んでいて、礼儀ってものがなっていなくて……」
妹の心配をする姉。こういう関係性はすごくいいと思うし、失礼とかは思わない。
俺には実の兄弟は居なかったから余計にそう考えてしまうのかもしれないな。
兄弟子の氷雨さんのことが頭に浮かぶ。
そうだよ。落ち着いたら会いに行かないと。ジルベニスタに状況を確認してみないといけないな。
「次のもの! 中に入れ!」
ネズミ風の小さな背丈で、顔から6本の長い髭を生やした灰色の体毛のネズミ獣人らしき兵士が俺たちに声を掛けてきた。騒いでいたからか全然順番を気にしていなかった。
呼ばれるままに石造りの建物に入ると、中には簡素の机と椅子が並び、背の高いフィーム族らしき茶髪の女性兵士も立っていてネズミ獣人と敬礼を交わしていた。
フィーム族の女性兵士は、入ってきた自分たちを目で促した。
彼女の視線の先、机の上には紫の布に包まれるようにして微細な魔力を発する水晶玉のようなものが置かれていた。
そのまま水晶球の前に行くように指示される。
壁の前にはフィリナ姉妹が並び、緊張した面持ちで俺の様子を眺めていた。
「ではこちらの『判定の水晶球』に魔力を込めてくれ。お前の魔力を感知すると淡い光を放つはずだ。緑や青に光れば問題はない。だが赤や黒の判定が出れば王都には入れんぞ。問題が無ければ簡単な書類にサインをしてもらって終了だ」
この場面は……よく異世界転生物でお決まりのシーンだよな。
まさかな。そんなお決まりのシーンでお決まりの展開なんて。
焔刃の気合の入った意気込みが聞こえた気がした。
というわけで、ここまでで王都前編 1章が終了です。
明日からは2章に入り、いよいよトラジたちは王都内に足を踏み入れる事になります。
そしてこの流れ、やっぱりお馴染みの展開になるのでしょうか。
それは次のお楽しみです。




