王都アイゼルンに向けて
荷物をまとめ、騎士団支部の前に再び出てくると、「メェエエエ」というのどかな鳴き声が聞こえてくる。久しぶりに見たフィリナの山羊蹄車だ。キャビン部分はかなり補強されていて、俺たち4人が乗るには充分な広さと強度が兼ね備えられていた。
「ベルガ隊長も乗っていくのであれば、少々手狭かと思いましてね。わたくしケリーが丹精込めてキャビン部分を作り直させて頂きました!」
胸を張り、誇らしげにケリーさんがカーフを指差している。
本当にこの人はすごいな。縁の下の力持ちとはケリーさんみたいな人達のことを言うに違いない。
「すごい……山羊の蹄が新しくなってるわ」
「御者台の部分も補強してあるじゃない。座布団が引いてあるの嬉しい!」
もしかしたら『生成』の魔法を駆使したら同じようなものができたのかもしれない。それでも……ケリーさんたちの気持ちのこもった贈り物が嬉しいじゃないか。
なんと山羊の背にはグリューンが座る場所さえもあったのだ。
どんだけケリーさんの真心が詰まっているのか!
「ふふふ。ではこの山羊蹄車はケリー号と名付け……」
「……ないでください。ベルガ隊長! 恥ずかしいですから」
ベルガの暴走をぴしゃりと止めたケリーさん。
オチまで完璧だ。
すると食堂からアンネさん他、食堂のお姉さまたちがたくさんの荷物を抱えて現れる。どうやらアイテムボックスの話を早速聞きつけて、あれこれと弁当を作ってくれたようだ。
「トラジさん。丹精込めて沢山作っておきましたから。アイテムボックスの中に入れておくと腐りにくいと聞いたので……もっと時間があれば、もう少し色々と持たせられたのですが」
俺は笑顔になり、アンネさんに頷き返す。
「ありがとう。アンネさん、食堂のみんな。その気持ちだけで充分だよ。実はベルガが保存食も用意してくれているんだ。しっかり水も持ったし大丈夫。これから危険な旅に出る訳じゃないんだ。王都に行くまでなら問題無いはずさ」
ラベルク村から王都アイゼルンまでは、フィリナの説明だとだいたい二週間くらい。地球での旅を考えると、二週間という長さは果てしないようにも思える。
「ザイール・ファルナート! ベルガ隊長の本部での御活躍をお祈りしております」
残った兵士たちもケリーさんの合わせて剣や槍を掲げ、唱和する。
「ケリーすまぬな。最後まで心配をかけた。本部でもどうなるかはわからん。吉報がもたらされることを祈っていてくれ」
自嘲気味に笑うベルガ。その目は遠く、王都を睨むかのようだ。
山羊蹄車はゆっくりと進み、村の広場を横切る。そこにはたくさんの村人たちも出て来ていて、手を振り返してくれていた。
「トラジ! また遊びに来いよ。お前のサシミを食べたいんだ」
「トラジ兄ちゃん。また美味しいもの沢山作ってね! 絶対だよ」
「ベルガー! 酒ばかり飲んでるんじゃないぞ」
「聖アルベルト様に祝福を……」
皆が歓迎してくれていた。俺達がやってきたことは決して無駄じゃなかったんだ。4人それぞれの正義や事情があったにせよ、この地方の戦いを終わらせ、春をもたらした。それでいいじゃないか。
「また絶対にラベルク村に遊びに来ます! それまで皆さんお元気で!」
俺とフィリナ、ベルガは別れを惜しむように手を振った。エレノールは口元に微笑を浮かべて、そんな様子を機嫌良さそうに眺めている。
ミンミの楽しそうな鳴き声、山羊の上でグリューンが飛び上がって手を振った。
俺たちはナドゥ川沿いの街道をゆっくりと南下し、王都アイゼルンに向けての旅路に出発したんだ。
✛ ✛ ✛
「街道をラベルク山脈に向けて北に進むと国境に大きな関所が設けられていて、その先は六陸連合共和国の領土よ。今回わたしたちは王都に向かうので街道を南に向かうの。街道を南下していくといくつかの大きな橋を通るのだけど、関所が設けられていて簡単な旅の理由を聞かれたりするわね」
そんなフィリナのエリュハルト知識研修を受けながら、街道沿いに春のうららかな陽気の中、山羊蹄車は王都への期待を載せて進んでいく。
これから王都で起こる様々なことを想像しながら、俺はナドゥ川の流れを眺める。聖なる山から流れるこの川は、どんどん川幅が広くなっていて、川を渡る小船や大きな魚が飛び跳ねる様子、周囲に点在する大小の森や丘、小さな橋や村など人々の流れや生活する様子が垣間見えて面白い。
王都が中州を利用した城とフィリナから聞いていたので、猶更見るのが今から楽しみになっていた。
御車台に座り、力強く山羊を操りながらベルガが前を向いたまま話を進める。
「王都に行って寿司の食材を探すのはいいんだが、まずは『冒険者ギルド』に登録をしたらどうだ? ワシやフィリナ、エレノールがお前の身元を証明してやれるとはいえ、やはり自分自身の身の置き所というのはあった方が安心だろう」
「本当はすぐにでも御師様に会ってほしいのだけど、トラジの為を思うとギルド登録が先なのかな。王都に入ったらまずは冒険者ギルド『ADA』に案内するわね」
エレノールは横目でその会話を聞いているだけだ。その瞳にはやはりどこか不安げな光が映っている。王都でのフィリナとエレノールの立ち位置について、まだ何も解決しているわけでは無い。
そんな王都での様々な組織が絡まり合う陰謀に、自分が両足をどっぷり突っ込んでいくなんて、今の俺にはまだ想像すらできていなかった。
王都の冒険者ギルド『古龍の息吹』は、Alt Dragon AtemでADA、略して『アディア』と呼ばれているという設定です。




