挨拶
村長宅を出てこれからの方針を話し合う為、一旦騎士団支部に顔を出す。
ケリーさんにも世話になったし、出発の挨拶をしないといけない。
「そうですか。もう出発ですか……寂しくなりますね」
茶色の狐獣人である彼の表情は読み取り辛いが、それでも少し寂し気に下を向き、涙を堪えるようにして肩を震わせている。
ベルガが彼の肩を大きく叩く。涙もろいおっさんの涙腺はすでに崩壊寸前だ。
ケリーさんをそのまま強く引き寄せ熱い抱擁。
二人の間には俺達とはまた違った様々な想いが乗っかっているんだろう。三番隊全滅のあと、ベルガを支えていたのは彼だったのは間違いない。
いつしか周囲には、この戦いで生き残った兵士たちも集まってきていた。
むせび泣くような声が騎士団支部内に溢れかえっていた。
「ケリーさん。いつかまたここに戻ってくるよ。俺にとってラベルク村はこの世界に降り立って最初に出会った気の合う仲間たちが集うところだ」
「ええ。お待ちしています。トラジさんは王都で冒険者になると聞きました。ご武運をお祈りしています。いつかまたトラジさんのサシミが食べてみたいです」
ケリーさんの瞳にも涙が光る。俺も鼻の奥がツーンとしてきて目に熱い液体が込み上げそうになり慌てる。山葵が目に染みると言いたいところだが、この世界に山葵があるかどうかも分からない。
「まったく、男どもって辛気臭い。人生長いんだからまたゆっくり来ればいいじゃない」
「エレノールというか、エルフに人生長いと言われちゃうのはどうかと思うなぁ」
エレノールが尖った耳をピピンと立てて、身も蓋もないことを言う。その瞬間にフィリナに盛大に突っ込まれてプイッと横を向いてしまった。
長い時間を生きるエルフとフィーム族を比べられても確かに困ってしまうからな。
ケリーさんや他の兵士たち、そして食堂のお姉さまたちに挨拶を済ませていく。
アンネさんは流れる涙を拭こうともせずに、俺の手を強く握りしめて別れを惜しんでくれた。頭を撫でられてグリューンも感慨深そうにうつ向き、サングラスを上げ下げしていた。
その後は荷物整理と食料の積み込み。
『旅人の知恵包み』という保存・保管に優れたアイテムボックスがあるので、食事という面については抜群の性能を誇っている。問題はあまり容量が多くないという点だ。
「これだけでも便利なのだ。更に容量を増やすのは贅沢というものだぞ」
ベルガの言い分は尤もだ。それでも……そのうちそんなこともできるような気がしてしまっているのが怖い。
焔刃と言うか、神の包丁の規格外スキルはまだ俺にとっても未知数な部分が多い。
エレノールの翠色の目が光っているのは無視無視。
ふと荷物を整理し終えたフィリナが窓の傍の椅子に座り、何やら一心に祈っていることに気付いた。
両手を祈るように組み合わせ、集中するように魔力が拳に集まってくる。フィリナの目の前の机の上には、折りたたまれた紙が置かれていた。
『翼の手紙』
フィリナの澄んだ声が小さく響く。
手の中に生まれた強い光を目の前の紙にかざすと、それ自体が真っ白い地球でいう鳩のような鳥になり、そのまま彼女の肩に止まった。
「セリナの元に届けて」
確かあの鳥は鳩と言っていたな。手紙を鳥に変化させて飛ばす、つまりは伝書鳩の呪文だったはずだ。
フィリナの声に反応するようにして鳩は甲高くひと鳴きすると、羽音を立てて窓から飛び立って行った。
自分にとってはすごく異世界的で少し興奮するような状況なのだが、特にベルガやエレノールも反応は示さない。ある意味日常的な風景なのかもしれない。
セリナと言った言葉に、確か双子の妹が居ると言っていたことを思い出す。
俺の視線に気づいたのか、照れくさそうに話し始めるフィリナ。
「双子の妹のセリナに手紙を送ったの。わたしが長い間王都アイゼルンから離れていたから、早めに無事を伝えたくて。両親はわたし達が幼い頃にモンスターに襲われて亡くなってしまっているから、お互いの存在がものすごく大きいの」
ベルガが、「そうだったのか」という顔でフィリナを覗き込む。エレノールはあまり興味が無いのか、エリュハルトでは割とよくある話なのかは分からないが、ミンミを静かに撫でているだけだ。
「双子だから当たり前なのだけれど、よく似ていると教会内で有名なの。でもセリナの方が拳聖流としての腕前が上で……なかなか組手では勝てなくて」
自分の過去を思わず言ってしまった気恥ずかしさからか、付け足すように少しだけ早口になるフィリナだ。
「ふむ。フィリナよりも強いとはよほどの手練れであるな。王都に行ったらぜひ組手を見たいものだ」
ベルガのいうことはよく分かる。これまで見ていたフィリナの動きはかなり熟練された格闘家という印象だけに、そのフィリナが勝てないというレベルはちょっと想像がつかない。
そんなことを考えながら、いよいよ王都に向けて出発するという時間となる。
フィリナやエレノールと関係する聖アルベルト教会や魔導協会の動きのこと。特にエレノールは俺たちと一緒に居ても大丈夫なんだろうか。
更にベルガの進退について。
様々なお互いの王都の事情が深く絡み合って、俺は空を見上げて途方にくれる。
でも。
それ以上にこの世界で新しい場所に行き、美味しい食材を見つけて、寿司を握りたいという自分の夢への気持ちの高まりの方も強い。
俺は肩に乗っているグリューンの頭を撫で、腰に下がった焔刃に微笑みかける。
――トラジ。いつでも私が見守っていますよ。
そんな女神の声が聞こえた気がした。
騎士団はもちろん一枚岩ではありません。
聖アルベルト教会は焔刃を従わせるか奪えとフィリナに命じていました。
そして魔導協会は、エレノールに焔刃の使い手の監視と教会の意のままにさせないことを指示しています。
王都でこのあたりの件がどうなるのか、ぜひお楽しみに。




