絆は血よりも濃い
少々酔っぱらった俺の頬を、春の薫り良い夜風が穏やかに吹き抜けていく。隣に座って真っ赤な顔をしながらも、どこか真剣な眼差しをベルガが向けていた。
「ファルナート王国と獣人の国ダーザルヒルムには、お互いに登用制度があるのだ」
そういえばフィリナがそんなことを昼間に言っていたのを思い出す。
「その制度の一環として、お互いの国の身寄りのない孤児を養子として受け入れ、次世代への『絆』として受け継いでいくという方策が取られていてな」
そう説明するベルガのどこか遠くを見つめる表情が誇らしげで、離れた自らの祖国を思い出しながら、さも楽しそうに笑っていた。
「ダーザルヒルムには『絆は血よりも濃い』という考えが古来よりあるのだ。獣人は元々数は多いのだが、種族が違うと子を為しにくいという側面があってな。それ故に生まれた思想なのだと思っている」
既に空になってしまったジョッキを名残惜しそうに見つめてベルガは想いに耽る。
血縁とか種族ということはどの世界でも絶対視されがちであろう。
時には争いの火種になってしまうものだと思う。
差別とか偏見とかさ。
二か国間で戦争となった歴史があったとフィリナから聞かされていたから余計に、そんな考えが俺の頭の中を通り過ぎていく。
地球でも似たようなことを沢山見聞きしていたけど、異世界とはいえそんなところは一緒なんだな。
「いいんじゃないか。その考え方って俺は好きだな。『絆』とか『縁』とかさ、そういうのって時にはとても大事なんだと思う」
そう言った頭の中には創元師匠の怒った顔が真っ先に思い浮かんでいた。
師匠や兄さんとの絆。
寿司との縁。
……そしてこの世界に降り立って、仲間と呼べる人達に出会えた。
ベルガはこちらの気持ちを知ってか知らずか、微笑むように横顔を見つめてくる。
その温かみの溢れる柔らかな視線は、まるで父親が息子を気遣うようにも思えた。
「ははっ! トラジに共感して貰えるとは正直思わんかったわ。この手の話題を話すには少し勇気がいることでな。なかなか、特に王都の連中にはあまり実感の湧かないはなしのようで共感されたことは殆ど無いのだ」
そう言って少し寂しそうにうつ向く。
色々あったんだろう。フィーム族が多い国の中で孤軍奮闘する獣人隊長。
それは想像するには余りある、厳しい道のりだったんだろう。
「俺は両親が亡くなってしまったけど、その後創元師匠に出会って色々救われた。それと同じかどうかは分からないけど、ジルベニスタはベルガの奥さんには懐いていたんだろ。それだったら決して悪いことばかりじゃなかったんじゃないかな」
ベルガの目から熱いものが流れて、それを夜風がさらった。
「すまんな。年は取りたくないものだ……少々酔っぱらっているんだろう。気にしないでくれ」
こういう話を仲間とできるということが大事なんだ。腹を割って話すなんてことはそんな簡単な事じゃない。それは聖なる山に行く前の夜にも思ったことだ。
それこそ上辺だけの言葉では絶対にバレてしまう。
「ジルは母性に対する憧れと言えばいいのか、そういう想いが強すぎる気がするのだ。王都では有名すぎるが故に、多数の女性と浮名を流しておる噂はよく聞くのだがな。逆に長くは続かんのが悩みの種だ。養父としては心配なのさ」
今はまだベルガとジルベニスタの親子関係の話を、酒の肴にして呑気に話せていたんだ。しかし王都という舞台に話が移り、この件が複雑に絡み合う難題へと変わっていくのは、そう遠くない未来のことだった。
✛ ✛ ✛
宴会の翌日の朝。春の気配が高まる晴れ渡る空。天星ダルバは緑色を浮かべて自分たちの頭上に輝きを放っていた。
俺達は村長の屋敷内の大きな部屋をそれぞれ宛てがわれて、久しぶりにゆっくりと休むことができた。
目覚めた俺達の前に現れた村長は深々と頭を下げ、おずおずとなにやらずしりと重みのある木箱を差し出してくる。
「この度は村を、いやこのラベルク地方の戦乱に終止符を打って下さり、誠にありがとうございました。これはささやかではございますが、心ばかりの礼でございます」
差し出された木箱に入っていたもの。それは銀貨が数十枚とキラキラと光り輝く、たぶん金貨であろう貨幣が数枚、目の中に飛び込んできた。
俺にはエリュハルトの貨幣形態は分からない。目を真ん丸にしてすぐに蓋を閉め、他の三人の顔を見回す。
お礼か。なるほど、そういう流れになるのか。RPGのクエスト達成の時にお金やアイテムが報酬として貰えるってアレだ。
しかし騎士団隊長のベルガは首を横に振り、木箱を村長の手に返す。
「村長。騎士団が王国の民を守るのは当たり前で、これは王より賜りし任務だ。受け取ることはできない」
「わたしも聖アルベルト教会員として、焔刃の為にこの地を訪れていただけです。皆を救ったのは流れであり、報酬を望んでいたわけではありません」
ベルガにフィリナの真面目な言葉ではそうなる。しかし村長も食い下がる。
最終的にはどこにも属さない俺に送られるという形に落ち着いた。
決め手はエレノールの言葉だった。
「トラジ。あなたこのまま王都に行ったら大変よ。宿代や食事代だって掛かるし。あたしお金絶対に貸さないからね! それに王都で寿司を広めるって言っていたけど資金はどうするのよ。貰えるものは貰うべきだわ。それでも要らないっていうならあたしが貰うからね!」
痛いところを突いてくるエレノール。貨幣形態についてはあとで皆に聞くとしても、確かに貰っておくに越したことは無いのは事実だ。
「村長さん。ありがたく頂戴するよ。このお金は、そうだな! いつか皆に最高の寿司を食べてもらうために使わせてもらうよ」
「ちょっと……勝手に全部自分のものにしないでよ、山分けだからね!」
後ろで大騒ぎしているエルフ娘は放置しておくことする。




