温泉にて
2部 1章スタートです。
まだラベルク村で色々ありますので、旅立ちはもう少し先になります。
もう暫らく、出発までのやり取りにお付き合いください。
魔王軍幹部の突然の襲撃に、ラベルク村全体が緊張感に包まれたがそれも束の間。飛び去って行くカルアとワイバーンの姿に、安堵の声が漏れる。
どことなく振り下ろす相手を見失った感のある武器を仕舞い、弓を下ろす団員達。
拍子抜けしたような雰囲気だったが、戦闘とならないならばその方がいい。
広場では、元々その場でやっていた作業に戻る村人や騎士団の面々の姿があった。
「本日の夜は宴会となる予定だったんですよ」
茶色い毛並みを嬉しそうに靡かせながら、俺達に話しかけているのは副隊長のケリーさんだ。彼もまた広場で作業を進めてたようだ。
騎士団支部から机や椅子を運んだり、ランガンのサンドイッチを作った時に直したかまどを設置したりしながら、ようやくと訪れた日常の平和を味わうかのようだ。
「さすがにランガンは釣れなかったのですが、リールライならば山ほど釣ってあります。後でまた焔刃の包丁捌きを見せてください」
にこやかなケリーさんの笑顔が眩しい。
もう冬が、そして戦いが終わったんだ。
犠牲となった人たちも沢山いたのだろうが、それを嘆いても始まらない。
生き残ったものたちは、それを受け入れながら歩んでいく。
その一歩の為に、自分が握る寿司が餞となればいい。
「おう。ぜひ握らせてくれ……と言ってもファーバンが確かもう無いはずだから、刺身になっちゃうけどな」
「いいんですよ。煮魚も焼き魚も美味しかったですから。この戦いはトラジさんたちと焔刃の御力が無ければ、到底成し得なかったものなのです」
「ふひひ。相棒。えらい担がれてるじゃねぇか」
ケリーさんの言葉に満面の笑みを浮かべる俺に突っ込むグリューン。
そんな彼に俺は聞きたいことがあったんだ。
それはもちろん……
「温泉ですか? それでしたら……」
その答えに俺はグリューンを振り回しながら、その場で小躍りするかのように舞い上がった。
✛ ✛ ✛
「あ~……久しぶりのお風呂ってやっぱり気持ちいいものねぇ」
「エレノール。あんまり子供みたいな声を出さないでよ。隣に聞こえるでしょ」
「研究ばかりしていて、下手すると半月は入浴すらしないと聞いてますわ! よくそんなことができますわね」
「うるっさいわね。研究しているとお風呂の時間がもったいないのよ! 脳みその半分をその大きな胸に隠し持っているアンタに言われたくは無いわ」
「胸の大きさは関係ないですわ! あなたこそ胸の栄養が全て脳みそに行ってしまったのではなくて?」
「まぁまぁ二人とも。子供みたいな喧嘩は止めて……本当に恥ずかしいから」
丈夫な木で作られた、背の高い仕切りの向こう側から聞こえてくるのは女性陣三人の声だ。話し方と声で誰が喋っているのか分かってしまうのはご愛敬。
ケリーさんから教えてもらったラベルク村の温泉は村の外れ、ベル湖の隣にあった。
以前は凍り付いていて、焔刃で湖の表面を削り取らないといけないぐらいだったのだが、今はすっかり氷も溶け、穏やかな水面とそこに映りこむ聖なる山の雄大な景色がとても映えている。スマフォがあれば写真を残したいくらいだ。
「いやあ、ワシも湯に浸かるなぞ、随分と久しぶりだ」
タオルを頭に乗せて顔を真っ赤にしているのはもちろんベルガだ。ふさふさとした白い毛が湯の中で解けるように揺蕩っている。
「本当だよ……全く何日ぶりだったか忘れるぐらいだよ。俺が元居た世界ではお風呂に毎日入るのが当たり前だったからさ」
俺もバシャバシャと顔に湯を掛けながら、久しぶりのお風呂を味わう。
やはり元日本人たるもの、お風呂に入らないのは正直厳しいからなぁ。
流石にグリューンも燕尾服とサングラスを外し、裸トカゲ一貫という感じで俺の隣で浮かんでいた。
「トラジ殿の元居た世界と言うのは、風呂に毎日入ることが可能だったのだな。エリュハルトでは王や貴族といった身分の者達でさえも毎日入ることは稀だ」
その隣で神妙な顔つきで話しているのは、もちろんジルベニスタだ。
顔の後ろで結っていた髪をほどき、真っ赤な長い髪が白く濁った湯に染みるようだ。
「父上。わたしは温泉に入るためにラベルク村まで来たわけでは無いのですが……」
そう言って生真面目なジルベニスタが、その場にそぐわない話をし始める。
ベルガも彼に向き直り、改めるようにタオルを頭から降ろす。
そこには親子というよりは、やはり上司と部下という関係付けの方が似合う二人の沈黙の時間が暫し流れた。
「先程タリカが申しておりました件について。三番隊全滅――更にベルガ殿の敵前逃亡の噂。信じたくはありませぬが本当なのですか」
ベルガが目を伏せる。やはり一番触れられたくはない話だ。
覚悟を決めたようで、目線を先に俺に向け、次にジルベニスタに視線を戻す。
「団長殿。その件については申し開きのしようもない。戦果と逃亡の事実を同列に語ることはできん。仕方のないことだったでは事は済まされん。ワシは隊長として全責任を取り騎士団を離れるつもりだ」
きっぱりとしたベルガの言葉。それはラベルクでの戦いが終わった時に俺に語ったことと一緒であった。ジルベニスタは意味ありげな視線を自分の義父に向け投げかけていたのだった。




