プロローグ
ようやく2部『王都 前編』Fランクの料理人が始まります!
実は1部で完結ということにしようと思っていたのですが、どうしても先が書きたくなりました。
もしもよろしければ、王都編にもぜひぜひお付き合いくださいませ。
聖なる山から心地良い春の息吹がラベルク地方に注ぎ込んでいた。
それは双神カートル・ニルフの化身がようやく魔王の軛からはずれ、その本来の役割を果たし始めた証拠だ。
辺りは雪が溶けだし、ゆっくりとだが暖かな気配が周囲をにぎわし始めていた。聖なる山から流れ出るナドゥ川の支流、凍り付いていた川の水面も雪が解けだし、川の周囲の岩肌が見えるようになってきていた。
フィリナに聞いたところ、このナドゥ川はどんどん大きくなり、ファルナート王国の王都アイゼルンまでゆっくりと流れて行ってるんだそうだ。
「そろそろ髪を切りたいな……よく考えたら風呂にも入ってないじゃないか」
芽吹くような土の匂い。
楽し気な虫たちの合唱。
真っ白な凍てつく空気は既に過去のものとなり、自然と自分の口元が緩み、笑みがこぼれてしまう。
この異世界エリュハルトにいきなり飛ばされて、訳も分からないまま突き進んで今に至る訳だ。あまりにも急展開過ぎて風呂をずっとキャンセルし続けていたことも忘れていた。
「そういえばラベルク村の近くで温泉があるって聞いたことあるわ」
そう言って隣に座っているフィリナ。腰までかかる綺麗な黒髪を風になびかせ、茶色の瞳がキラキラとした光を帯びていた。風呂という言葉に反応して、自分の匂いを確かめるように嗅いでいるのがどこか面白くて笑ってしまう。
「本当かフィリナ! ちょっと後でどこにあるか教えてくれ」
俺はまさかの温泉の情報に飛び上がりそうになるのを必死に堪える。
だって温泉だよ温泉!
今までそれどころじゃなかったけど、ラベルク村での戦いもようやく終わりを迎えてホッとしているから余計に入りたくなってしまう。
「ラベルク村のはずれには湯治場としても有名な温泉があってな。ヒサメの持つ神機の力で湯の源まで凍り付いてしまっていたから、しばらく使えんかったんだ」
全身の白い毛を靡かせながら、ガハハとにこやかに笑うのは狼獣人のベルガだ。180センチ以上ある高身長のおじさんがデカい声で笑うと頭に響く。
うるさいぞと言わんばかりの目線を送る。
しかしこのベルガが割と頼りになって……なんて言うと後で拳が飛んできそうだ。
王国騎士団三番隊の隊長という肩書。頼れる兄貴分といったところだ。
「華やかな精霊の薫り。あたしにとってもこれは嬉しいのよ」
いつものギャル風の呟きはどこへやら。頬を少し緩ませるようにして安らぎに満ちた顔をしているのはエルフのエレノールだ。真紅のローブが春の風に揺れ、肩に乗った使い魔のミンミを優しげに撫でていた。
「ニルフもすぐに帰っちまいやがってよぉ。オイラは寂しいぜぃ」
そう言っている割には全然寂しくなさそうな、にんまりとした笑みを浮かべているトカゲのグリューン。
自慢の燕尾服をパタパタとはたきながら、器用にサングラスを上げ下げしている。
「ほんとグリューン。お前のお陰で命拾いをしたよ」
グリューンの頭をくしゃくしゃっと撫でると「なんだよ相棒。恥ずかしいじゃねぇか。ホントの事を堂々と言うもんだぜ!」と訳の分からない言い方をしていた。
そして腰のケースに入っている、神の包丁・焔刃。神機とも言われる魔力の塊のような刃。実はこんな摩訶不思議なものが世界に7つほどあるらしい。
フィリナが言うには『神の七包丁』と呼ばれているとのこと。
なにその厨二心をくすぐるネーミングセンス。地球でのゲーム感覚を思い出してむず痒くなってしまう。
その七つあるといわれる神機は、俺の寿司の師匠である、源創元が創ったっていうんだから更に訳が分からない。どうやら異世界エリュハルトでは神代の伝説の料理人として経典に乗るほどの人物になっている。
こういうことができないかなと頭に思い描くと、女神様の声が聞こえてきてキーワードのような魔法を唱えると、規格外な力を発するもの。
発動する魔法の力は基本的に食や寿司に関すること限定のはずなんだが、気づいたら焔の剣になったり、大盾になったりとかなり自分の想いを過大解釈してくれている。
しかもその魔法ってドイツ語っぽいんだよな。
もちろん俺にドイツ語の素養はない。学んだこともないし、喋れない。
分からないことを考えても仕方がないので、今は考えないことにしようと心に決める。
そんな俺達四人は神の包丁の力と女神様の恩恵、更には知力・体力・時の運によって何とかここまで生き延びることができた。
最期には魔王まで出てきてあやうく全滅しそうになったんだが……どういう訳か奴は神機の放った『異空間に飛ばす魔法のような力』をわざと受けてこの場から退場していった。
勝ち残った今でも思うが、奴の力は底が知れなかった。
次に出てきたらどう対処すればいいのか正直分からない。
強いという次元とはまた違う感覚。それはおそらく魔王レイカの性格によるものなのだろう。
全てを滅びるまでの遊びととらえているような、そうだよ……ゲーム感覚で物事を見ているような目線だ。世界を俯瞰して楽しんでいるかのような考え方。
まったく理解ができない。
なるべくなら飛ばされた先でくたばってくれると平和なんだが、たぶん無理なんだろうなと直感している。
そんな俺達はこれからファルナート王国の王都アイゼルンに向けて出発しようと思っていた。もちろんそれは自分の生き方でもある寿司を握りたいという目的の為だ。
俺は王都で待ち構えている食材に想いを馳せ、気分が高まるのを感じていた。
序章部分は5話分。その後王都に向けてのんびりとトラジ達が歩みを進めます。
新キャラもたくさん出てくるのでお楽しみに!!




