土下座
いきなりセバスさんは、その場に大きく飛ぶようにして両手を前に着き、正座の態勢のまま頭を地面へと深く擦り付けた。
土下座! まさかそんな概念がこのエリュハルトにもあったなんて驚きだよ!
戦闘態勢に入ろうと身体に力を入れていた俺たちは、完全に出鼻をくじかれた格好で茫然と立ち尽くしてしまった。
「事情があるとはいえ、このようにカイドー様たちの実力を試すような方法を取ったことをお許しください」
その時眠っていたフィリナが目を覚ましたんだろう。傍に付き添っているエレノールがその体を包み込むように抱きしめているのが目の端に映った。頼むぞエレノール。
「セバスさん、謝るだけじゃ意味が分からないぜ。もう腹の探り合いはいいだろう。実力を試すって何のためだ、その先を聞かせてくれ」
面倒くさがりの性分が出てしまっている自分がそこには居た。実際は『情報処理』の異能をここで使えば、色々と彼の口から聞かなくても分かるんだろうけど、やっぱりあの力ってあんまり多用したくはないんだよ。
セバスは下げた頭を元に戻すと、真摯な眼差しをこちらに向けた。
「既にお耳に入っているかと存じます。先代ゼルガー様の死因について、伴侶であるアリーゼ様の命を受けて、調査を進めてまいりました。その結果、主は毒殺された可能性が極めて高いと判明したのです」
そこまではギルドの応接室でルーシィさんから明かされていた通りだ。王国騎士団、そして魔導協会が絡んでいるこの事案には、やはりその先があるということだな。
「その凶器は、あの方が研究されていた古い魔導の『写本』でございます。そこに仕掛けられた魔導の罠が、写本を解読したものに毒を放ち、主を襲ったものとみて間違いありません」
待ってくれ、その『写本』という言葉は初めて聞いたな。そういえばエレノールがゼルガーの研究論文について話し合ったと言っていたよな……
つまりはその『写本』を巡ってなにか王都内で政治的駆け引きがあって、その過程でゼルガーが何か重要なことを知ってしまい消された、ということなのか。
違和感を分かった上で自分の感覚頼りにクエストを受けてしまったが、その危険性を今更ながらに自覚して冷や汗が出てくる。
地面に座っていたベルガが、その俺の考えを補足するように話を進めた。
「我らを試すというからには、既に避けられぬ荒事を予見してのことだな。つまり、相当な苦戦を強いられる戦局ゆえ、こちらにそれを見越した実力があるかを見極めたい……そう聞こえたが、どうだ?」
それだとしてもやり方がかなり強引過ぎる。自分の中に浮かび上がったイライラとした感情を押し込めるのに必死だった。
元から駆除する予定だった幻妖蜘蛛を狩らせることで、当初の想定された敵と戦う技量があるのか図るという意図は分からないでもない。しかしやり方ってものがあるんじゃないか? その点については、アリーゼ様に会ったら文句のひとつも言ってやりたい。
「セバスさん。大体の事情は飲み込めた。ここまで来たならば『毒喰わば皿まで』とことん付き合ってやるさ。もちろんアンタが前に言っていた最高級のファーバンありきだぜ? それが無いならば俺は動く気はない」
あくまで『王都内寿司計画』の一環としてアリーゼ様とやらを利用する腹積もりだ。グリモワール子爵というからには、色々と王都内でも横のつながりが沢山あるはずだ。そういうパトロン的な存在と顔繋がりを作っておくこともまた大事なことだ。
「もちろんでございます。カイドー様。元よりそのつもりで、アリーゼ様より今回の事件の全ての真相をお話しするご用意があります」
セバスさんは、どこまでも低姿勢といった態度を貫いている。
俺としては、このままグリモワール邸とやらに単身で乗り込んでいってもいいくらいに気持ちが高ぶっていた。しかし仲間たちの状況を考えれば、とてもそんなことが出来ないことぐらいは理解できる。
ベルガはそうとは見せないようにしているが、満身創痍なのは素人でも分かる。
エレノールだって、魔導協会の関与が明らかになって少なからず動揺しているはず。
それに一番の問題はフィリナだ。責任感の強い彼女は精神的な負い目を感じているのは間違いない。とりあえずは全員が一旦落ち着かないと話にならない。
「分かった。だが見ての通り、直ぐにとはいかない。少しだけ時間の猶予をくれないか」
そしてひとつだけ付け加える。これは俺にはとても重要なことだ。
「前から思っていたんだけど、カイドー様は性に合わない。トラジでいい。様なんてのもいらない」
グリューンはその言葉に、頭の上で弾むように指を鳴らす。パチンと響いたその小気味良い音は、まるで俺にいつもの調子が戻ってきたことを歓迎するかのようだ。
「私共といたしましても、無理を申し上げているのは重々承知しております。もちろんトラジ……様のお考えに従うことに異存はございません。後日、改めましてギルドへと正式に伺わせていただく所存です」
丁寧に頭を下げたセバスが、呼び方を様に変えたことに若干不満を覚えてしまう。
とにかくまずは休息だ。そして今後の為の情報の整理と対策を練らないといけない。
俺は鬱蒼とした森の中に、どこか清々しい風が吹いたようなそんな気配を感じていた。
ここまでで2部 王都前編が終了となります。 ちょっと! かなり次が気になるところで次巻なの!?と憤慨の読者の方がいると思っています(いるといいなぁ。いるよね……いて欲しい)
次はエピローグを挟んで……3部は既に鋭意執筆中です!
それほど長い時を待たせずに、3部 王都後編を皆様にお届けできると思っています。




