光の刃
俺は焔刃に、熱の刃の形態から元の包丁の姿に戻るように念じた。
実は考えがあったんだ。聖なる山で春の精霊と、ホワイトドラゴンを分かつ時に用いた包丁の力。今の空腹の状態でできるかは不安だが、やるしかない。
その後ろでエレノールは疲れたように肩で息をしながらも、すぐさま次の魔紋錬成が始まっていた。何をやろうとしているのか分からないが、今は彼女を信頼して背中を任せるしかない。
目の前に立ちはだかる黒髪の女性フィリナ。次の目標に俺をしっかりと選んでくれたらしい。拳に強い魔力が蓄積していく。
「本当に止められるのか……いや、止めなくちゃいけないんだ」
焔刃は、そんな心の中の迷いを打ち消すかのように、手の中で短く断続的に震えた。
まさに俺自身を優しく、そしてあたたかく鼓舞してくれている。
『トラジ、おそらくこれが貴方の最後の攻撃となります。異なる魔力を分かつ剣で決めなさい。失敗は許されません』
女神シャウザ・ニークが、力を貸してくれている。
腹の底から気合を入れると、焔刃が自分の願いに呼応し、理自体を変えていく。
大きな魔力の結晶として具現化された、光の刀身。
その魔力溢れる光の刃を振りかぶった時、ある根本的な問題に直面する。
フィリナが突然左右に軽快なステップを繰り返し、振りかぶった光の剣を避けるように高速移動を繰り返す。
フィリナの華麗な素早い動きに、光の剣を抱えたまま全く対応が出来ず固まる。
彼女の動きがあまりにも早すぎて、今の俺の剣の腕では捕えきれないのだ。
「これじゃあ、先に俺の方が魔力切れを起こしちまう。早くなんとかしないと……」
段々と足元の力が入らなくなってきている実感がある。剣を持つ手が震えるのを、歯を食いしばり強引に押さえ込む。
その時、後ろでエレノールの魔紋が完成した。
『絡み合いし糸の檻』
瞬時に目の前の空間を覆い尽くすように、強靭な白い網目状のロープが出現する。それは幻妖蜘蛛が吐き出す粘着性のある糸に似ていた。フィリナは突如出現した魔導の網の糸に絡めとられ、その素早い動きを封じられた。
「そんなに長くはもたないわ。早くその光の剣で終わらせて!」
緑色の光り輝くエレノールの瞳が、光の剣となった焔刃の魔力に吸い寄せられている。
どんな状態でも魔力好きは変わらない訳だ。彼女らしい。
「やばいぜ相棒。早く光の剣を打ち下ろせ!」
グリューンの悲鳴にも似た声に視線を戻せば、魔力の糸に絡めとられながらも渾身の力を込めてフィリナが脱出を試みていた。しかし粘着質で強靭な網がそれを許さなかった。必死に抗うその姿は、まるで罠に囚われた美しいアゲハ蝶を彷彿とさせた。
「フィリナ待たせたな! 今助ける」
大きく息を吸い込み呼吸を整える。そのまま絡めた網ごとフィリナ目掛け、渾身の力をふり絞り光を振り下ろした。
何かどす黒い魔力の核のようなものを打ち砕いたかのような感覚が手の中に残る。
フィリナは光の衝撃に当てられ、その場に音も無く倒れ込んだ。その茶色の瞳にいつもの輝きが戻るのを確認すると、俺も気を失うように焔刃を抱えながら倒れ込んでしまったんだ。
「おいトラジ! 大丈夫か。しっかりしろ!」
遠くから聞こえるベルガの声が耳に痛い。腹減って動けないんだから、だれか美味しいものを食べさせてくれ。そうだなぁ、ギルドで出た肉の丸焼きが食べたいな。
そんな淡い妄想にふけっている俺の口の中に、甘みのある魚の切り身が放り込まれる。
これはキャングの刺身じゃないか……そういえばすぐ食べられるようにって『旅人の知恵包み』に入れておいたのをすっかり忘れていた。あぁ、サーモンって好きなんだよね。あの濃厚な脂のノリが堪らない。
「起きろ! これで少しは回復しただろう。なにをニヤニヤと気持ちわるい笑顔で寝転がっているのだ」
ベルガの拳骨が頭に炸裂して飛び起きる。もうちょっと優しくしてくださいよ。地球だったらすぐにでも上に報告して、パワハラで遠く異国まで飛ばされちゃうよ? そんな意味の無い事を考えながら、俺は魔力が戻ったばかりのボヤけた頭で辺りを見回した。
「腹減りのトラジにも困ったものね。危なくフィリナの攻撃で全滅するところだったわ。あの子はホント怒らせないことを誓うわ」
エレノールにミンミが寄り添い、甘えたような鳴き声をかけた。彼女の膝にはフィリナが頭を乗せていて、豊かな胸を上下に揺らして静かに眠っているようだ。
「とりあえずフィリナに怪我はないようだな」
俺は胸をなでおろした。グリューンは眠っているフィリナの横に腰掛け、心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。
「嬢ちゃんはこのことを覚えているのかな」
サングラスをずらしながら珍しく心配をしているようだ。そんなグリューンのオデコを人差し指で弾くエレノール。優しそうな瞳の中に穏やかな笑みをたたえて、フィリナの黒髪を撫でる。
「この子は強い子だから大丈夫だとは思うんだ。まぁ、こういうことは長年生きている人生の先輩に任せなさい」
確かにエレノールが人生の先輩であるのは間違いない……間違いないんだが。でも俺やベルガだっている。信頼関係で結ばれつつあるメンバーでフィリナを支えていきたい。
「トラジ!」
突然ベルガが大声を出し、腰を浮かせて斧を探すしぐさをする。
それは洞窟のすぐ近く、鬱蒼と茂った森の木々の間から近づいてくる小さな男の影が目に入ったからだ。
「素晴らしい。やはり私たちが見込んだパーティでございます。全て拝見させて頂きました」
明るい髪色のホビィ族の男。もちろん彼には見覚えがあった。
このクエストをギルドに持ち込んだ張本人。執事のセバス。俺は疲れた体に鞭打つように立ち上がり、焔刃を握りしめる。
「説明いかんによっては、このまま無事には返さねぇぞ。セバスさん!」




