グリモワール子爵からの依頼
俺とフィリナは元々市場に行った後にエレノールの自宅で集まる予定になっていた。
宿で寝ていたベルガに声を掛け、その後醤油づくりへのやる気を見せていたエルフ娘に簡単な事の次第を説明し、『古龍の息吹』に戻ってきた。
「グリモワール子爵からの正式な依頼の件でっすね」
ルーシィさんは俺たち全員が集まってきたのを確認すると、ギルドの二階部分にある応接室まで案内される。そういえばまだギルドの二階には上がったことがなかった。確かギルドマスターの執務室があると噂だ。この間エレノールの怪我を治してくれたポプリンさんの薬草室もあると聞いた気がする。
そんな応接室というプレートが下がっている。おそらく名のあるモンスターの革が張られたソファーがいくつか並んだ豪華な部屋に通された。
俺たち4人と1匹はそれぞれフカフカのソファーに座った。頭の上でグリューンが暇そうに大欠伸をしている。
その傍には全身筋肉の塊のような、2メートルほどの身長の大きな男が立っている。
「ドッセル。お前を見るの自体が久しぶりだな」
とにかく顔の広いベルガが声を掛けたのは、古龍の息吹のギルドマスターであるドッセル・マッセルさんだった。全身に生えそろった茶色い剛毛。おそらく熊獣人なのかな。
ルーシィさんは封蝋された一通の手紙を皆の前に広げた。
「こちらがグリモワール子爵からの正式な依頼書となります。トラジさん宛になっていまっすね。ギルドに提出された本依頼ということになりまっすので、中身はマスターであるドッセルの同意の下、封を開けて確認をさせて頂きまっす」
目の前の重々しい机の上に、開けられた依頼書が置かれた。ベルガが俺を見ながら促すので手を伸ばし中身に目を通す。
フィリナとエレノールは待ちきれないのか、身を乗り出すようにして覗き込んできた。
「幻妖蜘蛛ラスモフィスの討伐依頼だな。指定された洞窟の場所が、この間キャングを釣ったところから近いな」
どうやらキャングを釣った場所一帯がグリモワール子爵の土地らしく、その場所にモンスターが棲みついてしまったので倒して欲しいといった内容だ。
「ラスモフィスか。やっかいだな」
ベルガが低い、重々しい声で告げる。その声にはAランク冒険者として、危険察知に長けた響きが添えられていた。エレノールも同意するように頷く。
フィリナがキョトンとした顔をしているので、どうやら初見のモンスターなんだろう。
グリューンが頭の上で腰に手を当てながら、飄々と声を発する。
「蜘蛛の怪物なんて、なんでそんなところに沸いたんだ?」
「トラジがキャングを釣っていた時にワシがなぜ周囲を警戒していたのか、その理由がそれだ。あそこは磁場の乱れがあって、モンスターが湧きやすい場所なのだ」
あの時、粉砕の大斧を持ちながら周囲の様子を伺っていたベルガ。確かそんなことを言っていたような気がする。
「ギルドとしても依頼の信憑性についてはしっかり調べているんでっす。変な依頼を掴まされて、いざ受けてみたら大変な事態に陥ったなんてことがあってはならないので」
そういうものなのか。依頼を掲示板に張り出したらそれで終わりなのかと思っていたよ。
冒険者ギルドの別の一面を知ると、その大変さが分かって頭が下がる想いだ。
隣で黙ってやり取りを聞いていたギルドマスターのドッセルさん。俺の神妙な顔つきに膝を叩いて大笑いする。平手でゴブリンの五匹くらいは張り倒せそうな大きな手だ。
「少なくともその洞窟は間違いなく存在し、中にモンスターが巣食っていることも確認された。入り口近くまでは行き探査魔導で確認しただけだから、内部の詳しい状況までは判らんがな」
迫力のある太い声でドッセルさんが付け加えた。ベルガは組んでいた足を元に戻すと、どこか引っかかることがあるとでも言わんばかりに、あご髭を撫でている。
「実はね。グリモワール子爵とあたしは面識があるのよ」
いきなりのエレノールの爆弾発言に、その場の全員が目を丸くして振り返った。
「元グリモワール子爵なんだけどね。ゼルガーと言って、王立魔法研究所の主任でもあったフィーム族よ。彼の研究論文について、魔導協会を通じて話し合ったことがあるの。面白い考え方を持っている人だった。そう、トラジ。貴方のようにね」
エレノールは俺の顔を覗き込んで、反応を楽しんでいるようだ。確かに変わり者だってことは認める。憮然とする自分に笑いながら話を続ける。
「ゼルガーはエリュハルトにおける、魚介類に関する研究をしていたの。でも、ついこの間不慮の事故で亡くなったと聞いているわ。今は彼の奥様が子爵を継いでいるはず」
魚介類の研究! なるほど、だからキャングの依頼を出したり、天ぷらを揚げていた俺に興味を持ったりしたのか。
「奥さんが子爵を継いでいるのなら、その研究はどうなったのかしら? もしかしてその研究自体が、トラジに興味を持ったきっかけなのかもしれない」
「でも研究のことで興味を持ったのなら、どうして討伐依頼なんだ? 魚介類のことだったら普通に俺に話を聞けばいいだけだろう」
「ただのモンスター討伐であれば、わざわざ冒険者になり立てのお前を指定するのは不自然だ。普通なら高ランクのパーティを雇えば済む話だ」
ベルガの疑問は尤もなこと。なんだかわからないことだらけだ。
ふと気づくと頭の上で小さくイビキをかき始めているグリューン。お前、難しい話になったからって堂々と寝るんじゃない!




