エレノールの自宅
「すげぇな相棒。これは完全なる悪趣味ってやつだぜ」
頭の上で面白そうに笑いながら、グリューンが容赦ない感想を叩きつける。一応俺たちの仲間が住んでいる家だから、もう少し考えてから喋ろうか。
しかし、アイツがからかいたくなるのも無理はないのかもしれない。
おもちゃの塔を小さくしたような外観は、派手な赤色で隙間なく塗り込められている。三角の屋根に長い煙突がにょっきり生えているように突き出していて、扉までも毒リンゴのような赤色に染め上げられていた。まるで悪趣味な童話の世界に迷い込んだような、お世辞にも落ち着いた雰囲気とは言えない佇まい。それがエレノールの家だった。
前回来たときは夜だったから、家の色まであまり気にならなかったんだ。
エレノールが倒れた後だったから、彼女を気遣ってそれどころではなかったし。
俺たちの後ろから保護者同然と付いてきていた白い毛玉のおっさん。ベルガは尻尾を振り回しながら呟く。
「魔導師の家に何を期待している。芸術家気質と言っても過言ではない奴だぞ。どちらかというなら、これでも落ち着いている方だと思うがな」
経験豊富なAランク冒険者が語ると、如何にも尤もらしく聞こえてしまうのは何故だ。
ルーシィさんに確認してから来たので、エルフ娘が自宅の中に居るのは分かっている。
俺は意を決して悪趣味な赤い扉を叩いた。
「おーい、エレノール。トラジだ。ちょっと相談があって来たんだ。開けてくれ」
わずかな沈黙の後、慌てるようなドタバタという物音が響いてきた。突然何かが家の中で落下するような衝撃音が伝わり、エレノールの悲鳴が上がった。「ぼんっ」という鈍い爆発音がして煙突から毒々しい緑色の煙が上がり、鼻の奥がツンとくる匂いが周囲に広がっていく。
目の奥が痒くなるような気がして、3人とも顔をしかめる。グリューンはこの手の刺激には敏感なのか、鼻を両手で押さえて俺の服の中に引っ込んでしまう。
やっと開いた赤い扉。全身から先ほどの緑色の煙を吐き出しているかのような疲れた顔で、1か月ぶりのエレノールの姿が自分たちの前に現れた。
「ちょっとトラジ! いきなり何よ。今あたし、すっごい忙しいんだけど」
なんだよ。心配してきてやったのに。かなり元気そうで安心したんだけどさ。
いつもの真紅の魔導師のローブに薄汚れたような金髪。尖った耳が疲れたように下を向いてしまっている。
「エレノール。元気そうでなによりだ。研究中だったのか、済まぬことをしたな」
「ひさしぶりね。あれから傷の具合はどうなの?」
突然の訪問を詫びるベルガと、心配するフィリナ。
そんな二人のエレノールを気遣う対応に、彼女の攻撃的な姿勢が少し和らいだように感じる。
「忙しいのは分かっているんだ。だけど折り入って頼みたいことがあってさ」
他の2人に倣って低姿勢に接する。そうだよ。エレノールを市場にいる顧客だと思えばいいのさ。俺は気持ちを落ち着かせようと静かに息を吐き出す。
「美味しい刺身のお土産を持ってきたんだ。1か月お見舞いにも来れなかったから、そのお詫びもしたかったしな」
荷物の中から『旅人の知恵包み』を取り出して、愛想よくエレノールに笑顔を向ける。
中に入っているものはベルガと採取した魚、キャングを締めたものだ。
実は、この家に来る前に3人で釣ってきたもの。採りたてで新鮮だから味は保証する。もちろん旅人の知恵包みに入れておけば、長期間保存することが可能だし、包丁の力を使えば問題ないんだけど、手土産として考えたら労力を惜しむわけにはいかない。
美味しい刺身という言葉に、エレノールの耳が興味ありげに細かく震えた。
よしよし。やはりエルフ娘には食べ物のお土産が一番良いみたいだな。
「寿司に使う調味料を一緒に考えて欲しいんだ。包丁の力だけではどうにもならない、やっぱり俺たちにはエレノールの魔導の知識が無いと駄目なんだ。だから頼む、なんでもするから、協力してくれないか」
俺は折れ曲がって倒れるくらい頭を下げる。
やや間があって、彼女の穏やかな視線を感じて頭の位置を戻した。
そこには悟ったような面持ちを浮かべるエレノールの姿があった。
「トラジ、分かったわよ。あたしも大人げなかったわ。家の前に大人数で並ばれていても困っちゃうし」
「こんな楽しそうなこと、エレノールとトラジだけにやらせてはおけないわ。勿論わたしも手伝っていいのよね」
やる気十分のフィリナに、大声で笑うベルガ。グリューンも釣られて笑っている。
「もともとワシも手伝う気満々だぞ。なにせ謹慎期間は後2か月も残っている。暇を持て余している獣人をどんどん使ってやってくれ」
聖なる山で築き上げた信頼と絆。それを想い、ぐっと目から出てくる熱い汗を堪えるようにして腕で拭った。
「お前ら……ありがとう。恩に着るぜ」




