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異世界転生した寿司職人ですが、神の包丁で魔王の呪いごと捌いてやります ~女神様は俺の寿司の虜ですが何か?~  作者: 小宮めだか
2部【王都 前編】 4章 王都での基盤

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氷雨の元に訪れる影

 氷雨古廐は覚束ない記憶の中で目を開く。

 初めは自分がどこに居るのかすら分からない。そんな打ち寄せるような闇の中、目を開けたことにすら疑問を抱く。

 しかし、全身を駆け巡る打ち付けられた鈍い痛みが、苛まれる悪夢のような仕打ちを思い出し、自分の今置かれている状況を思い出させた。

 段々と目が慣れてくると、何日も敷かれたまま取り換えられてすらいない藁のような寝床が目に入ってきた。

 自分が流した血と汗。そして土埃が入り混じり異様な匂いを放つ。

 部屋の隅から立ち上る異臭。自らの排泄物が土と入り混じあい腐りきった臭いに思わず顔を顰める。

 手にはそれぞれ厳重に鎖が巻かれ、魔法の鍵で封印がされている。

 まるで自由を奪うという意味合いではなく、生まれ出てはいけない何かを閉じ込める為に存在しているかのようだ。


 ジャラジャラと鎖を鳴らし、少しでも楽な姿勢を取ろうと氷雨は身動ぎする。

 その度に、繋がれっぱなしの腕の皮が剥けて、鈍い痛みと共に血が滲む。

 しかしそんな扱われ方をされても当然だと、自嘲の笑みを漏らす。

 魔王の声に唆されたとはいえ、自分の弟弟子であるトラジを一度は手に掛けてしまった。更に聖なる山では魔王レイカの甘言に自らが進んで乗り、ファルナート王国軍と衝突し、ラベルク地方を戦場へと陥れた張本人となった。

 それも自分の中での拭いきれぬ一つの感情に支配されたことだ。


 どうして創元師匠は、わたしを選ばなかったのか。

 わたしよりもトラジが上だと言うのか。

 その迷いの心は全てを曇らせ、彼を凶行へと駆り立てて行ったのだ。

 しかし今ではよく分かる。

 トラジが上で、自分が下だからという訳では無いのだ。

 全ては必然だった。

 焔刃と凍凪は二つで一つだったのだ。

 つまりわたしとトラジ、どちらも欠けてはいけないピースだったということ。

 あの日。雪原の中でトラジと対峙し、奴の剣技は始めわたしには届き得なかった。

 それでも。なぜ最後には彼の切っ先がわが体を切り裂き、自分が雪原に倒れることになったのか。

 全てを捨てて挑むものと、捨てずにわたしすら呑みこみ救おうとするもののどちらに軍配が上がるのか。それは誰の目にも明らかだったのだろう。

 更に二つの神の包丁は、踊るように楽しげに聖なる山の空を舞った。

 まさに焔と凍り、ふたつの交わるはずの無い兄弟の剣が祝福し合うかのようだった。

 その兄弟の舞は魔王すらも呑み込み、一時撤退させるに至った。


 かの魔王レイカは今いずこにいるのか。それは何を今度エリュハルトにもたらすのか。

 誰にも行く末は見えない。ただ、神の七包丁のみが世界の命運を握る。

 だからこそ。自分はこれからどうすればいいのだろうか。

 闇の中で、悪夢の先で自問自答を重ねる氷雨。


 その時、王国騎士団本部の最深部に位置するこの独房の重たい扉が音を立てて開いた。

 目もくらむような魔導の光。それは長杖の先に灯された『導きの光(スモール・ライト)』だ

 氷雨は目を細めるようにして、扉から入ってきた二人の人影に視線を集中させる。

 一人は銀髪を揺らし、紫色のローブを羽織り豊かな胸を誇らしげに揺らす女性魔導師。

 もう一人は、大きな剣……いや刀にしか見えない片刃の剣を腰に下げ、灯りに照らされて衣服の合間から鱗や尻尾が見え隠れする。

 氷雨はもちろん知らないことだが、魔導師はタリカ・リーベルナック。もう一人は騎士団の諜報部所属、リザート族のハルナルだった。


「こんなことをされては、あたしがジルベニスタ様に叱られてしまいますわ!」


「何を言っておるタリカ。このハルナルのやる事に問題など無いわ。既に団長殿から了承も得ておる。全ては神の包丁凍凪をただし道に戻すためのものだ」


 独房の隅々にまでねっとりと澱むような悪臭に、タリカは露骨に顔を歪める。自身のローブの袖で鼻を覆い、汚濁した空気を吸い込まないように浅く口呼吸を繰り返している。

 そんなタリカを横目に、染みついた腐臭すら意に関せず、床で鎖に繋がれた氷雨に顔を近づけるハルナル。


「まだ意志は死んではおらぬようだな。結構結構。お主はまだ死ぬべき時ではない。凍凪と共に来るのだ。もう一度その瞳に光が差すことを約束しようではないか」


 このまま死んでしまえるなら楽だった。それは東京拘置所で創元師匠の娘に凍凪を手渡された時にも感じたことだ。しかし極刑となった自分を待ち受けていたのは、異世界にて更に罪を重ねることだった。


「そんなわたしにも償いの時が与えられるというのですか……?」


 魔王レイカの発する甘言とは違う種類のものだった。明らかに血の通った、人の想いのこもる言葉に、ハッと氷雨は我に返った。


「魔王の為でもなく、もちろんお主の偽りの感情の為でもありはせぬ。我の下で修業を重ねぬか。それは後々の世界をも形作る基礎となり得るものだ」


 氷雨にはハルナルの言わんとすることがよく分からなかった。

 しかし彼が、神の包丁について断片的にせよ、なにか知る人物だということは氷雨にも理解できた。

 このまま何も分からず死ぬわけにはいかない。鈍く軋むような音を立てている脳が、跳ね上がるような希望の音色を奏でたような気がした。


「わたしはどうすればいい。どうすれば弟に犯した罪が少しでも償われるのですか。教えて欲しい」


 震える唇から、魂の一部が漏れ出るような心持ちがした。

 なぜだろう。歯車がかみ合った時のような……そうだ。創元師匠に出会った時と同じ衝撃を感じた。


「焔と凍り。いずれ定めの時を経て再会し、二つが正しき道を歩むために、やれるだけの事をやるしかない。わかったな」


 ハルナルの瞳は厳しいほどの険しさを増し、氷雨に覚悟を問うてくる。

 その独房を一瞬で埋め尽くすような純粋な凍りの魔力の高鳴り。

 氷雨の魔力とはまた違う、ハルナルの研ぎ澄まされた力。

 空気が薙ぎ払われるかと思われるような、甲高い音が響きわたる。次の瞬間氷雨の両手に繋がれた鎖が綺麗に切られていた。


「時間がないぞ。魔王レイカが戻る前にお主を鍛え上げねばならん。死力を尽くすのだ」



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