ワンダー×ワンダー
「トラジ、どういうことだ。まだまだ依頼はあるのか?」
うんざりしたベルガの声が後ろから聞こえてくるのを笑顔で聞こえないふりをする。
確かに疲れてきたけど、それ以上に活気のある雰囲気を楽しんでいるっていうのに。
俺たちはベルガに案内してもらって、王都内にあるアイゼルン市場に足を踏み入れていた。朝の忙しい時間帯は終っているようで、落ち着きを取り戻した雰囲気がある。
それでもどうしてどうして。
市場内は様々な種族の人たちが行き交い、道に所狭しと並んだ様々な露天商から引っ切り無しに呼び声が響いてくる。パンの焼ける匂い、肉が焦げるような香ばしい薫り。甘い匂いが漂ってきて、見れば美味しそうなお菓子を安く売っている店に心が躍る。
新鮮な野菜を売っているフィーム族のおっちゃんが目を合わせて手招きしてくるかと思えば、老齢のおばあさんが何に使うのだろう花束のようなものを配ってきたりしている。やっぱり市場と言えば、こういう雑多な雰囲気がとても楽しいじゃないか。
ふとエリュハルトに来る前に、寿司ネタの仕入れのために何度も通っていた近くの港の市場の情景と重ね合わせて、何とも懐かしい気分になる。
「たぶん次はここだぞベルガ。こんにちはー! 冒険者ギルドからの依頼で来ました。トラジと言います。よろしくお願いします」
不愛想気味な背の低いフィーム族の男性が、その言葉を聞いて振り返ってきた。
「ギルドに依頼していた酒樽運びを手伝ってくれるっていうのはあんたか。そっちの獣人さんも一緒か?」
「ええ。そうなんすよ。この人、力ありそうでしょ? なんでも任せてくださいよ」
「元気なあんちゃんだな。しっかりしてそうだ。じゃあさっそく店の横に酒樽があるからよ。10個ぐらいかな。それを運んだらお代は払うからしっかり頼むぜ」
俺がギルドから束にして受けた依頼は、そのほとんどがアイゼルン市場からのものだった。ベルガと協力をしながら、重い酒樽を台車に載せていく。10個か、この重さだとかなり骨が折れるな。毛玉のおっさんが一緒で助かったぜ。
「わざわざこんな面倒なことをしてガルを稼ぐのだ。お前の考えは分かるのだが、討伐依頼をこなした方が同じ労力で何倍も稼げるだろうに」
「うるさいな。なんでも手伝うって言ったじゃないか。それとベルガ、ファーバンを売っているお店って心当たりがないか?」
「あれはダーザルヒルムからの輸入品だから、もう少し東の地区になるな。」
そういえばフィリナがそんなことを言っていたなと思い出した。ベルガの出身地ダーザルヒルム。そこからの輸入品ということであれば話は早い。
アイゼルン市場、東地区へ足を踏み入れただけで空気の色が変わったような気がした。どこか、今まで王都内の匂いとは明らかに違う、香辛料を利かせたような香りの食べ物や、ハーブと思われる強い薫りが漂ってくる。色彩豊かな反物や洋服類、雑多な形をした食器類や、何に使うのか全く分からない道具類が店に並べられている。
俺の耳には『情報処理』の異能によって理解できる言語として聞こえてくるが、どことなく地方の方言が混ざっているような、独特の喋り口にワクワク感が止まらない。
そんな東地区の端にある、おそらくは輸入雑貨系のお店『ワンダー・ワンダー』と書かれた、原色系のけばけばしい看板をくぐり、俺とベルガは店の中に足を踏み入れる。
店の中は独特なハーブ系の匂いが極端に強くなる。ベルガは懐かしいといった表情を浮かべるが、自分にとってはかなり強烈な薫りに鼻が慣れるまで時間が掛かる。
どこで取れたのか分からないような果物、硬い甲羅を持った大きな虫にしか見えない干物。天井からはモンスターの干し肉が吊り下げられている。棚には多種多様のスパイスの入った瓶が大量に並べられている。調味料の一種なんだろうけど、『食材探知』を使えなければさっぱり用途が分からない。
「おかしいな。ここは割と有名で店で、様々な品種のファーバンを扱っているはずなんだ。しかし見当たらぬとはどういうことだ」
ベルガは困惑しきった顔を俺に向けながら、囁くように伝えてくる。
店の奥には長いパイプのようなものを使って、煙草のような物を吸っている顔半分を布で隠したウサギのような顔立ちの獣人の女性が座っていた。上に向かってピンと伸びる白く長い耳が特徴的。
おそらく兎獣人の彼女がこの店の店主なんだろう。目が合うとニコリと妖艶な挨拶をしてきた。
俺とベルガが挨拶をすると、兎獣人の彼女はダラリアと名乗った。
「付かぬことを聞きたいんだが、ファーバンはどこにあるのだ。いつもならいくつかの品種が並んでいるはずだが、どうなっているんだ」
ベルガの質問に、ダラリアは表情一つ変えずに答えた。
「ファーバンはダーザルヒルムの不作の影響を受けて、全く入ってきていないんだよ。この店だけって訳じゃなくて、ファルナート王国内でも品不足が深刻化している状態だよ。残念だったね」
ダーザルヒルムの不作。その情報にベルガの表情が険しくなる。
自分が元々住んでいた国が深刻な状況になっているという話を聞いてしまえば、落ち着かない気持ちが沸き上がるのは当然のことだ。
つまりは、今王国内でファーバンを手に入れようとするのはかなり厳しい訳だな。
どうするか。
ここに来ていきなり『王都で寿司を握ろう計画』に暗雲が立ち込めてしまっている。
「分かった。ありがとうダラリア。また来るよ」
俺はその場はにこやかに、それでも決してあきらめないという旨を暗に伝えた。




