薬膳スープ
「……お腹空いた」
傷が癒えてきて自分の腹具合に気付いたんだろう。
しかしうちのメンバーは食いしん坊が多いな。さっきまで血を流して倒れていたのに、治った途端にコレかよ。グリューンもエレノールに向かってカラカラと笑っている。
「心配してくれてありがとう。なんだか、たまには仲間って感じもいいもんだなって本気で思っちゃうじゃない」
「この傷、もしやとは思うが……奴にやられたのか」
奴という言葉が誰のことを指すのか。この場に居る全員がその名前に思い当たる。
魔導協会マスター、ザックマーニャ・リザルト。
自分気ままに動いていたエレノールに対して戒めと制裁、つまりは力の誇示の為だけに、彼女を完膚なきまでに痛めつけた、というところか。
その時の記憶が鮮明に蘇ったんだろう。震える肩を強引に自分で押さえつけるエレノール。後ろからその肩に手を置くと、フィリナはエレノールを力強く抱きしめた。
「ごめんなさい。やっぱりトラジはエレノールと一緒に行ってもらうべきだった。わたしの迷いの気持ちが、あなたをここまで追い詰めてしまった」
「そういう言い方は大嫌い! こうなったのはあたしの責任でもある。どっちにせよ奴とあたしはどこかでぶつかる事になっていたの。今更アイツの前で従順になってもしょうがないしね」
「でも……」
自分を責めるフィリナ。その間に入り、何も言わずベルガは二人の肩に手を置いた。
こういう時、本当にベルガは頼りになる。
俺も何か、この空気感を打破できないかと考えを巡らせる。グリューンが頭の上でおどけるように呟いた。
「トラジ。お前にできることをすりゃあいいんじゃねぇか」
そうだよな。流石グリューンはよく分かっている。今、エレノールの為に自分ができること。寿司はまだ握れないけれど、美味しい料理を作る事だったらできるんじゃないか。出来たらエレノールが好きな食材がいい。でもどうやったら……
『六陸連合共和国の食材がギルド内にもありますよ。焔刃を信じなさい。今の貴方なら彼女の思い出の品を出すことも充分に可能ですよ』
久しぶりに聞いたような気がする。食いしん坊の女神シャウザニークの声だ。
エレノールは元々六陸連合共和国の出身だ。その地域の食材を使えば傷ついた彼女が元気なる為のメニューが作れるような気がする!
この手の中にある焔刃は敵を倒すためだけにあるんじゃない。誰かの胃袋を満たして、心を癒すためにあるんだ。
「ルーシィさん! ギルドの厨房を使ってもいいか」
彼女の返事を待つまでもなく俺の体は勝手に動いていた。厨房隅に掛けてあったエプロンを掴むと、ベルトの包丁ケースから焔刃を取り出し心の中で魔法を念じる。
『食材探知』
厨房内の肉や野菜が淡く光り輝く。もちろん輝いて見えるのは自分にだけで、他の人にはその光は全く分からない。
『レザー鳥の腿肉、そして奥のシッテリアの香草が生姜のような使い方ができます。トラジの右手にある赤い色の丸い野菜。あれは地球で言うネギと全く味は同じものですよ』
楽しそうに食材のことを教えてくれる女神の声。
借りた鍋にレザー鳥と野菜たちをぶち込んで、沸騰したら弱火にして灰汁を取りながら更に煮込んでいく。モルドヴァ、つまりはジャガイモやシッテリアの香草、長ネギのような野菜がぐつぐつと煮込まれ、素材そのものの甘く優しい薫りがギルド内に充満し始める。魔力を使いながらだと腹の減り具合も感じるが、そんなことは二の次だ。
自分の魔力を調整しながら、切り方や火加減、簡単な味付けが手に取るように判断できることに今更ながらに驚く。女神の力なのか、焔刃のお陰なのか。それとも俺自身がこの異世界で調理することに慣れてきたのか。
「よし……六陸風味の薬膳スープ。取り急ぎ出来上がったぜ」
曇り一点も無い、旨味成分だけを凝縮させた透明であたたかなスープだ。六陸風味と豪語したが、もちろん行った事も無ければ見たこともないんだが、焔刃から導き出された答えがコレだった。だから合っている。そんな自信が自分の中に湧き上がっていた。
今の弱ったエレノールにはゴロゴロと沢山の肉の塊や、シャキシャキした野菜の歯ごたえなんて要らないんだ。胃に優しく弱った体と、心に染みわたるようにと願いを込めた!
フィリナに支えられながら椅子に腰かけていた彼女の鼻が、ピクリと反応した。
真紅のローブの中で両手が細かく震えている。
「なんて……なんて良い薫りなの。六陸のアリリーフの匂いよ。朝露に濡れた野菜パリリナの記憶が蘇るわ! うそよ、パリリナなんて王都にないはず。なんで厨房内の何の変哲もない野菜から、アリリーフの味が出せるのよ」
エレノールは幼い頃の記憶が無いと言っていたはずだし、六陸で彼女がどう過ごしていたのか、もちろんそれは俺には分かる由もないことだ。
でも。
食材に込められた想いや、独特の風味は身体に染みつき、匂いや味は鮮烈に記憶を貪り、脳内で弾けるように爆発する。
エレノールの瞳から大粒の涙が流れる。フィリナがもう一度後ろから抱きしめた。
グリューンとベルガは両手を合わせ、ガッツポーズ。
「トラジ、ありがとう。一瞬でもあたしが修行した六陸のことを思い出させてくれて。あんたの料理って、やっぱりすごいんだね」
彼女は作った薬膳スープをあっという間に平らげてしまった。その後、気まずそうにギルドから立ち去ろうとしたエレノールが、まだふらついていたので俺とフィリナで横を支える。
「いいよ。自分で歩けるってば」
照れくさそうに横を向いたままのエレノールが可愛かったのは言うまでもない。心配しているルーシィーさんとベルガ、賑やかし隊のグリューンも含め、魔導師たちが多く住むとういう区画に彼女を送って行ったんだ。
これにて王都前編 3章は終了です。
やはり食事シーンを書くと、こちらまで温かくなって穏やかな気持ちになるなと思っています。
トラジは純粋な戦闘シーンも好きなんですが、やっぱり料理シーンはまた書いていきたい。
では、明日からの4章をお楽しみに!




