ポプリンさん
ルーシィさんもすぐさまいつもとは違う状況を感じ取ったのだろう、受付カウンターから飛び出してくる。俺たち3人も急いでエレノールの傍へ駆け寄った。
必死に肩を揺らしているルーシィさんの横で、エレノールは口から血を流し荒い呼吸を繰り返していた。時折身体を強張らせるようにして、苦痛に顔を歪ませる。
「ちょっとエレ、どうしたの! えらい怪我してるじゃない。誰か、2階の治癒士のポプリンを呼んできて」
受付内で帳簿を広げていた犬獣人らしき男性が、ギルドの2階に大急ぎで走っていく。
ベルガはエレノールの全身にいち早く目を走らせる。その真剣な眼差しは、さっきまで飲んだくれていた白い毛玉のおっさんではなく、騎士団隊長としての頼もしさがあった。
その横で手を握り見守ることしかできない俺とグリューン。
『軽傷治癒』
フィリナが両手に魔力を込める。あたたかい光が発せられると座り込んだエレノールの身体にそっと触れる。春先の野原に寝転んでいるような、穏やかな感覚が自分にも伝わってくる。
これは治癒魔法ってやつか。確か魔力茸を採取した時に、毒を中和する魔導を使っていたしな。
「これはまずいな。結構傷が深そうだ。何本か骨が折れているんじゃないか」
「わたしの癒しの力だけでは、どうにもならないかもしれない」
ギルド内は騒然とした雰囲気となるが、無駄に騒ぎ立てる人たちはほとんどいない。中には高ランクの冒険者もいるからか、こういう状況は逆に慣れているのかもしれない。
その時ギルドの2階から犬獣人に連れられ、ドワーフ族の女性が降りてくるのが見えた。おそらくはさっきポプリンと呼ばれたのはこの人だ。
一見すると穏やかそうな雰囲気で、ドワーフ族特有の小柄な体に大きなカバンを下げてきている。フワッと全身を包むような優しいハーブのような香りが漂う。
「こりゃあひどいね。ちょっとベルガ、このエルフ娘を医務室に運んでおくれ。全く無茶したもんだよ」
ベルガに抱えられ、エレノールは俺が面接を受けた個室の隣に運ばれていく。ルーシィさんが先頭に立って鍵を開けると、こじんまりとした部屋に簡易的なベッドが四つ並べられている。
かなり慎重にベッドに下ろしたベルガ。しかし横にした際に傷に触ったのかエレノールは苦痛に顔を歪め、「イタタタ……」と歯を食いしばるように金髪を揺らした。
「見るからに魔導から受けた傷だね。エレノール、命を粗末にするんじゃないよ。あたしゃあんた達に無茶をさせる為に治癒呪文を使っている訳じゃないんだからね。わかってんのかい」
見た目の年齢的にはルーシィさんとあまり変わらないんだが、口調が婆さん、というか年季の入った……いや、とにかく重みのあるものに聞こえて戸惑う。
「ポプ婆には敵わないね、頼むわ」
その呟きで、俺の感覚が正しかったことが証明される。エルフも長命だとエレノールが言っていたし、見た目と年齢とのギャップはエリュハルトの異種族あるあるなんだな。
(相棒。ドワーフ族は見た目で判断しない方がいいぜ。男のドワーフ族は髭もじゃで何歳か分からねぇし、女は女で、一定以上の年になってからは見た目があんまり変わらなくなるんだ)
耳元でグリューンが先生さながらな口調で教えてくれている。基本的にはエリュハルト辞典の役目はエレノールなんだが、今は倒れているし。
そのエルフ娘に老婆呼ばわりされて、ポプリンさんがジロリと睨む。しかし、そのまま大きく手を振りかざすと、柔和な口調で呪文を唱え始めた。
『重症治癒』
彼女の手の中で力強い魔紋が錬成され、周囲はまるで初夏の風に包まれたかのように、緩やかに温度が上がっていく。ポプリンさんの魔力の波動がエレノールの全身を包み込み、部屋の中は蒸し暑いサウナのような熱気に満たされる。
しばらくすると、ポプリンさんは肩の力を抜き魔力の集中を解く。手の中の魔紋が消え、エレノールを包んでいた波動がふわりとその場に残るのみとなった。
「ポプ婆、どうだ。エレノールは大丈夫なんだろうな」
「あんたも人をババア扱いするんじゃないよ、ベルガの坊や。あたしゃまだ84歳のぴっちぴちさね。この娘は落ち着いたから安心しな。久しぶりに上級呪文を使うと身体に堪えるね。エレノール、後でお代はきっちりと貰うからね」
ベルガにさえポプ婆と呼ばれるとはいったい何歳なんだよ。更にベルガの坊やと来たもんだ。恐るべしドワーフ族女子。まさかルーシィさんの年齢もかなり高いとか言わないでくれよ。俺の癒しになりつつあるのに。
ポプリンさんの言葉に軽く片手を挙げてエレノールが返事をする。その手を安心したように握り返すフィリナ。
フフッと含みのあるような笑いを口元に漂わせると、ポプリンさんはグリューンを抱えた俺の方に目線を移した。
「若いの、変わりもんだって噂があたしの耳に聞こえてきているよ……大きな流れがおきつつあるようだね。何十年もこんな兆候は見られなかったんだが、長く生きてみるもんだねぇ」
遠く、悠久の時を感じさせるような、ゆったりとした瞳の色が印象的だった。
大きな流れって言われても。もしかして俺が神の包丁の使い手だと分かったんだろうか。これほどの魔導の使い手ならば確かに勘づきそうなものだけど。
「ポプ婆。トラジのことはあまり公にはしたくないのだ。頼む」
ベルガの言葉に、ポプリンさんは自分の持ってきたカバンの中から薬草らしきものを取り出すと、くしゃくしゃと口に含んで食べだした。すると、本来の年齢を感じさせるような深みのある笑みを口元に浮かべる。
「ベルガの坊や。皆まで言いなさんな。分かっているよ。あたしゃ口が固いんで有名なんだ。誰にも漏らさんよ、安心しな」




