ギルドに戻ってくると
「ベルガ、もう戻ってきていたのか。王国騎士団はどうなったんだ」
冒険者ギルド『古龍の息吹』に戻ってきた俺とフィリナ。いつもの喧噪の中、机にジョッキが沢山積まれ、浴びるように麦酒を飲み続けているベルガの姿があった。
驚き立ちつくす俺たちを手招きする黒縁メガネのドワーフ族の女性。もちろんギルドの受付嬢のルーシィさんだ。
「ベルガさんですが、王国騎士団から処分を言い渡されたと聞いています。心中穏やかじゃないと思いまっすよ」
やはりそうなのか。あのジルベニスタに報告に行って何も起こらない訳がない。
そうなるとエレノールのことも心配になってくる。
あのエルフ娘。時々とんでもない無茶をしでかすからな。
「ジルベニスタに何を言われたんだ。飲むのは別に構わないとは思うけど、飲み方を考えようぜ」
「そうね、同じ仲間なんだから。少なくともわたしとトラジは――たぶんエレノールだってそう思ってくれていると思うわ」
気遣う言葉に案の定ベルガの涙腺は崩壊。鼻水を垂らしながら机に突っ伏したように泣き出してしまった。こうなると白い毛玉のおっさんは手に負えないからな。
「ワシは! ワシは、いい仲間を持った! トラジ、フィリナ!」
そのままむせび泣く狼獣人の暑苦しい懐に抱きかかえられる羽目になる。
あまりにも豪快な泣きっぷりに、ギルド内の他の冒険者たちにじろじろと見られてしまったのは言うまでもない。
本当に申し訳ない。
ベルガが既に頼んでいたので、机の上には豪華な食べ物が並んでいた。
『アディアの豪快グリル』と名付けられたその揚げ物料理。どうやら日替わりメニューの一つらしく、その日にギルドに持ち込まれたモンスター系の食材を使って調理されているとのことだ。
しかし王都に入ってから生魚はさておき、エリュハルトにおけるお米的な位置づけであるファーバンが見当たらないことがずっと気になっていた。
「相棒! こりゃあ森に棲むというブルーファングのグリルじゃねぇか」
ブルーファングとは王都の近くの森を住処にする、2メートルほどの大きな猪のこと。牙がかなり大きく、武器としても魔導の触媒としても重宝されるらしい。
「そんな訳で、体よく三か月の謹慎生活となったわけだ。ワシとしてはすぐにでも隊長の任を解かれるかと思っていたから拍子抜けてしまって。なにより、ワシと一緒に戦って散っていった隊員たちに申し訳が立たん。それが一番悔しいのだ」
ベルガの気持ちは痛いほど分かる。自分の気持ちにある意味区切りを付けるために騎士団本部に出向いたのに、結局肩透かしを食らってしまっては意気消沈するのも頷ける。
「なんだか私には、ジルベニスタが自分で自分を追い込んでしまっているようにも見えるわ。少なくともベルガとも同じ時間を過ごしていたこともあったでしょうに」
「母親を亡くした悲しみをベルガに当てつけることで、自分の心を少しでも軽くしているようにも見えてしまうな。本当だったらお互いに支え合うことができたんじゃないかな」
そんな俺とフィリナの言葉を聞くと、途端に肩を落としたようにベルガはシュンとなってしまった。まるで一回り程小さくなってしまった印象だ。
「よし! ベルガの為にも早いところ寿司を完成させないとな。まずはファーバンを手に入れないといけないし、他にも色々と細かい物が必要なんだ」
「ファーバンは王都の市場にあるはずよ。この国で栽培されているものではないから手に入り難いとは思うんだけど」
運ばれてくる料理をグイグイと胃の中に放り込みながら、王都での寿司を広める計画に花を咲かせていく。やっぱりファーバンはあるんだな。ラベルク村の倉庫に放り込まれていたくらいだから、珍しい物ではないはずだ。
「とりあえず、この毛玉のおっさんには旨いものでも食べさせて元気出して貰いたいじゃん。泣くなら泣くで、うれし泣きさせる方が何倍もマシだ」
今はそんなことしか思いつかない。でも、そういう想いって大事だろう。自分が大切だと思う人たちの架け橋みたいな存在になりたいんだ。
「トラジ! お前と言う奴は……飲もう! 今日はワシの奢りだ!」
このおっさんは奢ってばかりだなぁ。隊長というくらいだから割と金回りはいいのだろうとは思うんだけど。
「この熊獣人の州から取り寄せた、特製のピリ辛ダレがなんとも言えんのだ。こっちのモルドヴァも皮ごと焼かれていて、香ばしくて旨いんだぞ」
ブルーファングの肉の横に、おそらくはジャガイモのような食材を揚げたものなんだろう。つまりはポテトフライだ。火山灰の土壌で育ててあるそうで、土地ごとに色々な種類があって、料理の幅も広がるらしい。
美味しそうに口の中いっぱいにモルドヴァを放り込んでいるグリューンを見ると、幸せな気分になってくる。俺の知らない沢山の食材が山のようにあるから、やはり王都の市場に行って、少しずつ調査しないといけないな。
その時、ギルドの入り口の扉が大きく音を立てるようにして乱暴に開かれる音がした。
ギルド内にいた冒険者たちの目線が一斉にそちらに向かって注がれる。
真紅のローブを羽織った女性が、前のめりになるようにして体を引きずっている姿が目に入ってきた。もしかして……
「エレでねぇか。どうしたんだ?」
受付業務を淡々とこなしていたルーシィさんが、一番先にその違和感に気付いた。
そうなんだ。入ってきたのは金髪のエルフ娘エレノール。
しかし彼女は扉に寄りかかるようにして、ズルズルとその場に座り込んでしまった。
異様な状況の中で、彼女の口の端から流れる赤黒いものが俺の目の端に映った。
「……おい、エレノール? お前血が流れているじゃないか!」




