運命
夜の森は静かだった。木々のざわめきも、鳥の声もない。ただ、ひとつの気配が風を裂いて走る。
その影――漆黒の毛並みに金の瞳を宿す神狼〈フェンリル〉。帝国が誇る“聖獣”であり、レオン・アルヴェル=エリオス第二王子の唯一無二の相棒だった。
「どうした、フェンリル。何か――感じたのか?」
旅人の装いに身を包んだレオンは、狼の進む方へ歩を進めた。聖獣の鼻先が森の奥を指していた。何かを“呼ぶ声”がある――そんな風に感じたのだ。
フェンリルが突然駆け出した。
「待て、フェン! おい……!」
追いかけるレオンが辿り着いたのは、森の外れ、小さな丘の裏にある影のような空間だった。そこに、少女が捨てられていた。
ボロボロのドレス。泥に汚れた頬。薄く開いた唇からは声も出ず、かすかな呼吸だけがかろうじて命を繋いでいた。
「……おい……嘘だろ……こんな冷たいところに……」
レオンは息を呑み、すぐに膝をついた。聖獣フェンリルがその少女の傍に寄り添い、まるで“この子を救え”と彼に訴えているように目を細めた。
「アメリア……」
名も知らない少女。けれどその名が、なぜか口をついて出た。
レオンは彼女の顔に手を伸ばし、冷たくなった頬に触れた。
「……まだ、間に合う……」
彼の額に宿る魔印がわずかに光る。隠された王族の力が、彼の血の奥底で微かに脈打った。
「俺が……お前を助ける。」
アメリアの胸元で、青い宝石がかすかに脈動した。まるで、レオンの手に応えるように。
レオンの目が細められた。
「――君、まさか……」
だが、その言葉の続きを飲み込み、彼は少女を優しく抱き上げた。フェンリルが静かに彼の脇に寄り添い、道を切り開くように森の中へと歩き出す。
冷たい風が、少女の金色の髪をふわりと揺らした。彼女の人生はまだ終わっていない。
今、ようやく“物語”が動き出したのだった――




