平民として
焚き火のぱちぱちという音が、静けさを包んでいた。どこからか漂うハーブの香り。温かなスープの匂いが、夢の中のようだった。
「……ん……」
アメリアはゆっくりと瞼を開けた。視界が霞み、焦点が合わない。次に見えたのは、焚き火のそばでこちらを覗き込む、見知らぬ青年。
「やっと目が覚めたか。おはよう、お嬢さん。」
「……あなた……は……」
喉が渇いていて、声がかすれた。青年はどこか軽く笑いながら言った。
「通りすがりの旅人さ。レオンって呼んでくれればいい。」
その隣には、大きな犬――いや、狼のような獣が静かに座っていた。金色の瞳が不思議と優しく、どこか懐かしく感じられた。
「この子はフェン。俺の旅の相棒。君を見つけたのは、こいつなんだ。」
アメリアは言葉を失い、しばらくその狼と視線を交わしていた。そして、ゆっくりと起き上がろうとしたが、全身に力が入らず、レオンに制される。
「無理するな。まだ体はボロボロだ。しばらくは俺たちのところで休んでいくといい。」
アメリアは驚きながらも、どこか安心する自分に気づいた。
「……ありがとう……」
「礼なんかいらないさ。ところであの森のお屋敷の使用人なのか?」
アメリアは目を伏せ、俯いた。
「そのような者です。」
「何かしでかしたのか?ずいぶんな仕打ちに見えるが。」
レオンの言葉にぐっと歯を食いしばった。
「分かりません。だから、もう…あの屋敷に……戻るつもりはありません。」
それは自然に出た言葉だった。もはや戻る場所など、ない。見た目も、名も、何ひとつ貴族らしくない自分。今の彼女はただの、生き延びた少女にすぎなかった。
レオンはその言葉に頷き、余計なことは何も聞かなかった。
「じゃあ……これからどうする?」
「……どこか、働ける場所を探します。……力仕事でも……なんでも……」
焚き火の炎が、彼女の決意を照らすように揺れていた。何もかもを失ってなお、立ち上がろうとする姿に、レオンは言葉を失った。
(この子……本当に何者なんだ……わからん、わからないが手を離せない、離してはいけないきがする。)
胸元の青い宝石が、再びかすかに光を宿していた。レオンの目は、その細工に刻まれた紋様をしっかりと記憶していた。
その夜、レオンはひとり焚き火を離れ、腰にぶら下げた小さな魔通信石にささやいた。
「……アメリア。調べてくれ。グレイスフィールド家、そして帝国の分家で“青い宝石の紋章”を持つ者について。……急ぎだ。」
焚き火のそばでは、アメリアが眠る横で、聖獣フェンリルが静かに見守っていた。




