第4話 窓際席は危険だ
その日は、学校が休みだった。
モブ4人組は、「どっか遊びに行こうぜ」と誘い合わせて駅前に来ている。
「カラオケ何時?」
「14時くらいに予約入れてる」
「それまでバーガーで時間潰すか」
駅近のバーガーショップは、大きな窓から駅前の様子が一望できた。
窓際の席は、やけに光が差し込んでいる。
「どこ座る?」
「テキトーに窓際でいいだろ」
「いや待て」
メガネが遮る。
出っ歯は嫌な予感がしながら「どうした?」と聞いた。
「窓際席は危険だ」
「また出た」
「どう危険なの?」
呆れたように肩を竦める出っ歯と、穏やかに尋ねるぽっちゃり。
「窓際というのは主人公とヒロインが座るものと相場が決まっている」
「偏見だろそれ」
「統計とか出てんの?」
「体感」
「偏見だな」
メガネの暴論に、オタクも流石に承服しかねる。
「まあ待て。一度奥側の席に座って観察すればわかる」
メガネがそう強弁するので、4人は奥の席に向かった。
「本当に主人公なんて来るのかよ?」
「来る。駅前なんて恋愛イベントの巣窟だ」
メガネは己のメガネを指で押し上げながら、窓際の空いている席を穴が空くほど見つめる。
「そもそも、窓際の席がひとつ空いていること自体、意味ありげだ」
「主人公のために用意された席、というわけか」
「メガネの理論に従うと、この世界はまるで主人公を中心に回ってるみたいになるんだが」
「ポテト冷めるよ」
メガネ、出っ歯、オタクが議論を交わしているが、ぽっちゃりは全く興味がない。
「その場合、主人公ってのは誰になるんだ」
「俺が思うに、まず、主人公属性はひとりじゃない。教室の前の方に座ってるやつはだいたい主人公属性で固まってる」
「ぽっちゃりも前の席に座った途端、主人公化が進んでるわけだしな」
「主人公が2人以上いるとかありえるのか?」
「群像劇とかかもしれんぞ」
「あ~、そういうの世界っぽくていいな」
「ジビエバーガー美味しい」
ちょっとしなしなになったフライドポテトを食べながら、4人は会話に興じていた。
メガネの妄想話に乗っかっている気分で、出っ歯とオタクがこの世界の解釈について考える。
男子4人でくだらない話をする、その時間はいかにも学生らしかった。
しかし、そのときだった。
「ふざけないでよ!」
店内に響く大声に、4人はぎょっとして話を中断する。
窓際席に店内の人々の視線が集中した。
――いつの間にか、空いていたはずの窓際席に2人の男女が座っている。
会話が盛り上がっている間に来店したのか。
窓際席に座っていた女は、テーブルを手のひらでバンと叩いて腰を浮かせていた。
「天童くん、私だけを愛していたんじゃなかったの!?」
「あ、あの、ここお店だから、もうちょっと静かに……」
去年、主人公属性に昇格したクラスメイトの天童が、おろおろとしながら女子をなだめようとしている。
しかし、それが却って、女子の怒りの火に油を注いでいた。
「店と私、どっちが大事なのよ!?」
「ええっと、店が大事とかそういうことじゃなくて、ここ公共の場だから……」
「信じられない……! 私の話をちゃんと聞いてよ!」
天童が弁解すればするほど、女子はヒートアップしていく。
「やっぱり浮気してたの、本当だったんだ……信じてたのに……」
「待って、それは誤解だよ!」
「よくもまあ、そんな平然と嘘をつけたわね! こっちは証人がいるのよ!」
女子がパチン! と指パッチンすると、他の席に座っていた人々が立ち上がった。
……モブ4人組以外、この店にいたのは、全員女子だ。
天童は10人以上の女子の群れに包囲され、震えている。
「私以外にも、こんなに大勢の女子に手を出してたのね」
女子の硬く冷たい声。
周りの女子たちの視線も冷え切っていた。
「あ、あわわ……」
天童は顔を真っ青にしている。
「ご、ごめんなさい! 俺、そういうつもりじゃなくて……」
「そういうつもりじゃなかったら、何のつもりだったの?」
「私、天童くんに手を繋いでもらいました」
「アタシはキスまで行ったけど」
「こないだ、デートの約束したよね?」
驚くべきことに、天童が他の女子にちょっかいをかけていたのは事実らしい。
彼はみるみる小さく縮こまっていた。
「……これ以上はお店の迷惑だね。外に出よっか、天童くん」
「…………はい」
天童は、女子の群れに引きずられるように、静かに店をあとにしたのである。
それを見届けたモブ4人組は、しばらく沈黙した。
「こわ……」
「天童って最初もっと普通じゃなかったっけ」
「主人公って大変だな」
「いや、あれは普通に浮気したのが悪いんじゃね?」
「ねえ、デザート頼む?」
店の外からは、天童の許しを請う声と悲鳴が響き渡っている。
ぽっちゃり以外の3人は、ぽっちゃりだけはこうなってほしくないな……と心から思った。
昼食を済ませ、予約したカラオケ店に向かおうとバーガーショップを出る。
ふと、ぽっちゃりがなにかに気付いた。
「あれ、あそこにいるの、花咲さんじゃない?」
ぽっちゃりの言葉に、他の3人は目を丸くする。
そこには、たしかに私服の花咲さんが立っていた。
彼女の服装もメイクも、おめかしというほど派手なものではない。
しかし、白い肌に塗られた桜色のチークやリップは、いつもよりも顔色がよく見える。
「あ……熊田くん?」
「花咲さんもお出かけ?」
「うん……ちょっと駅前の本屋さんに行くとこ」
「駅前、品揃えいいもんねえ」
おっとりと喋るぽっちゃり。
一方の花咲さんは、ぽっちゃりについてきている他の3人を見て、少し緊張気味のようだ。
「熊田くんはこれから……?」
「うん、友達とカラオケに行くんだ」
「そうなんだ……。じゃあ、また学校で」
花咲さんが立ち去ったあと、ぽっちゃり以外の3人は、止めていた息を吐き出した。
「び……っくりしたぁ……」
「花咲さん、やたらと遭遇率高くないか……?」
「これが主人公属性とヒロイン属性の引かれ合う力……」
「それより、早くカラオケ行かないと、時間に間に合わないんじゃない?」
「そうだった。ちょい早足で急ぐぞ」
その後、4人はカラオケ店でも歌いながらフライドポテトを食べていたのである。
――あの窓際には、もう二度と座りたくない。




