第5話(最終話)クリスマスは危険だ
「期末試験、どうだった?」
――世間は12月。
冬休み前のテストが返され、クラスの生徒たちがお互いの成績を気にしている。
モブ4人組も例外ではない。
「69点だ」
「お前、メガネなのに平均点なのかよ」
「視力矯正と成績は関係ない」
「今までモブバース理論とか頭良さそうなムーヴしてたのに……」
「理屈と実践は別の話だ」
メガネは「赤点を取るよりは及第点のほうがよかろう」と、意外にも満足そうだった。
「そういうお前らはどうなんだ?」
「65点」
「62点」
「人のことが言えた口か?」
「しかしアレかね、モブだとテストの成績も平均点になるのかね?」
「点数が高すぎても低すぎても目立ってしまうからな。目立てば即主人公化だ」
「こわやこわや」
オタクはわざと震え上がる真似をする。
「そういえば、ぽっちゃりは?」
教室の前方席を見た。
ぽっちゃりは花咲さんと親しげに話をしている。
「あの2人、随分と仲良くなったようだな」
「おーい、ぽっちゃり~! ちょっと来い!」
2人で話しているところに声をかけづらい雰囲気だが、モブたちはわざと空気を壊すように大声を出した。
花咲さんはその声に驚いたのか、ビクッと身体を震わせる。
ぽっちゃりは「今行くよ」とモブ3人のほうに歩み寄った。
「どうしたの?」
「ぽっちゃり、お前テスト何点だった?」
「ああ」
ぽっちゃりは丁寧に折りたたんだ解答用紙を広げる。
「――86点!?」
「えっ、お前こんなに成績良かったっけ!?」
「えへへ」
ぽっちゃりは照れくさそうにササッと解答用紙を折りたたんでしまい込んだ。
「テスト前に、花咲さんが勉強を教えてくれたんだ」
「え? お前、いつも俺達と一緒にいるのに、いつ?」
「家に帰ってから、夜に通話繋いで」
モブ3人は顔を見合わせる。
……思っていた以上に、関係が進展していた。
「ぽっちゃり、お前……意外とやるな」
「何が?」
「いや、感心してる場合じゃないか。これ以上、花咲さんと関わると、ぽっちゃりが主人公の完全体になってしまう」
「ゲームのモンスターかよ」
出っ歯が一応ツッコむが、彼の頭の中にも確かにぽっちゃりが主人公として覚醒してしまった姿が浮かんでいる。
――最近のぽっちゃりは、だんだん顔立ちの美化が進んでいた。
長い睫毛、スッと通った鼻筋、キメの細かい肌。
なんとなく、体型も少しずつ痩せてきている気がする。
「ぽっちゃりのアイデンティティが崩壊しかけてるぞ」
「いや、でも、今は『熊田』という名前が解禁されてるからな」
「もしかしたら、ぽっちゃりだった男がスマートな体型になって女子にモテ始めるみたいなタイプの主人公かもしれん」
「何の話?」
ぽっちゃりだけが話についていけず、怪訝な顔をしていた。
やがて、教師が教室に到着し、冬休み前の授業が始まる。
後ろの席にいたメガネ、出っ歯、オタクは、前の席で真面目に授業を受けているぽっちゃりを見つめていた。
昼休み。
お弁当を食べ終えたぽっちゃりが「よいしょ」と立ち上がる。
「トイレか?」
「いや、ちょっと呼び出されてるから行ってくる」
「は? ちょっと待て。誰に、何の用事で?」
「花咲さんが、話があるみたい」
メガネは素早く教室を見回した。
――花咲さんは、その場にはいない。
「待て待て待て、俺達も一緒に行く」
「うん? ダメとは言われてないから、いいけど」
モブ3人は、ぽっちゃりから距離を取って後ろをついていくことにした。
ぽっちゃりはときどき、後ろを振り返って不思議そうな顔をしている。
やがて、彼は空き教室に入っていった。
メガネ、出っ歯、オタクは、気付かれないように廊下からじっと話を盗み聞きする。
「おまたせ。話って何?」
「えっと……」
花咲さんはもじもじとしていた。
やがて、意を決したように、口を開く。
「あのね。私、男の人が苦手で」
急に何の話だろう。
モブ3人もぽっちゃりも、真剣に話を聞く姿勢。
「でも、熊田くんだけはあまり怖くなくて。大きいけど、テディベアみたいな安心感があって」
テディベア、という単語に、オタクが吹き出しかけるのを必死にこらえた。
「それで、ええと……クリスマスって、空いてる?」
――クリスマスデートの申し込みだー!!
メガネはこんな状況でなければこう言うだろう。
「クリスマスは危険だ」と。
ぽっちゃりは「うーん」と少し考えていた。
……デート、行ってしまうんだろうか。
不安になったモブ3人が顔を見合わせる。
もし、ぽっちゃりがデートなんてしたら、確実に主人公完全体になってしまう。
一度、主人公になってしまったら、再びモブに戻れる保証はない。
手に汗を握り、「断れ、断れ」と心のなかで念を送った。
実際、彼らにできることはそれしかない。モブだから。
「そうだなあ……」
ぽっちゃりは一瞬だけ、言葉を探すように目を泳がせた。
熟考したあと、返事を述べる。
「ごめんね。友達と約束があるんだ」
「……そっか」
花咲さんは少し残念そうな顔をしたが、気を取り直したように微笑んだ。
「じゃあ、また冬休みが明けたら、学校で会おうね」
彼女が教室から出ていくのを察して、モブ3人は慌てて廊下で立ち話をしているモブのふりをする。
花咲さんが立ち去ったあと、3人はぽっちゃりのいる空き教室に飛び込んだ。
「ぽっちゃり!」
「友達って、もしかして……」
「俺達のこと……?」
「うん? 他に誰がいるの?」
ぽっちゃりは不思議そうに首を傾げる。
「クリスマス、やっぱりみんなといたほうが楽しいから」
「ぽっちゃり~!!」
出っ歯がぽっちゃりの大きな身体に抱きついた。
メガネとオタクもそれに続く。
「よかった、ぽっちゃりが主人公になったらって思ったら……」
「怖かった。俺達と違う生き物になっちゃうのが」
「心配してくれてありがとう、みんな」
ぽっちゃりは穏やかに笑っていた。
彼のキラキラオーラは、いつの間にか消えている。
「よし、それでは、冬休みは『ドキッ! 男だらけのクリスマス会』を敢行しよう」
「それはなんか嫌だな……」
男4人で馬鹿な話をしながら、笑って過ごす日々。
それを取り戻し、主人公回避部はモブとしての日常に戻っていく。
窓の外では、冬の柔らかい日差しの中、カップルたちが行き交っていた。




