第2話 ヒロイン接近は危険だ
「昨日のあれ、気のせいじゃないよな」
翌朝、教室。
出っ歯は未だに信じられない顔をしている。
「完全に始まっている」
「名前呼びイベント確認済み」
メガネもオタクも深刻な顔つきだ。
ぽっちゃり――熊田は前方席で隣席の女子――花咲さんと話している。
「ごめんね、昨日の続きいい?」
「あ、うん」
花咲さんはぽっちゃりの教科書を覗き込みながら、ノートになにか書き込んでいた。
彼女とぽっちゃりの距離は、自然と近くなる。
「近い近い近い」
「距離イベント発生」
出っ歯とメガネが今にも飛び出しそうになっているのを、オタクが止めていた。
「なあ、それより気になってることがあるんだけど」
「なんだ、オタク」
「……ぽっちゃり、なんかビジュ良くなってきてない?」
メガネはハッとして、ぽっちゃりの顔を見る。
「――あいつ、あんなに髪整ってたか?」
前の状態をぼんやりとしか覚えていないが、あんなに天使の輪がハッキリとはしていなかった気がする。
「なんか、丸かった背中も姿勢がよくなってるような……」
「声も前より少し通ってる気がする……」
「まつ毛が妙に長く見える気も……」
メガネのモブバース理論を信じるならば、イケメン化――すなわち主人公化が進んでいる。
「どうするんだよこれ」
「善行を止めるしかない」
「でもあいつ、善人だぞ」
ぽっちゃりはのんびりとしているが、人が困っているのを見れば助けてしまう好青年であった。
3人があーだこーだとぽっちゃりを救出する計画を話し合っている間に、本人はどんどん花咲さんと仲良くなっていく。
昼休み。
「花咲さん、目の光量少なくないか?」
「ヤンデレの可能性が浮上したな」
「光量ってなんだよ」
「花咲さん、いい人だよ?」
モブグループ4人組は、相変わらず机をくっつけてお昼を食べていた。
それにしても……とメガネ、出っ歯、オタクはそれとなく、ぽっちゃりを見る。
「モブだった頃に比べて、顔立ちが整ってきたな……」
「というか、以前に比べて輪郭がハッキリしてきた気がする」
「モブは存在感自体がぼんやりしているものだからな」
あくまでメガネの理論である。
「ぽっちゃりが順調に主人公に近づいている」
「キラキラしている気がして、眩しい」
「ええ……? 席替えしただけだよ?」
ぽっちゃりだけが事態を把握しておらず、首を傾げるばかり。
他の3人はぽっちゃりの主人公オーラに目を細めた。
「見てみろよ、天童を」
オタクが親指で、別のグループ席を指す。
去年、主人公化した男子――天童は、女子に囲まれていた。
「天童くん、私、今日もお弁当作ってきたんだ~」
「は? 今日は私が焼きたてパンを差し入れる日なんですけど」
「天童くん、私と2人きりで屋上で食べようよ」
「天童様はわたくしのシェフが作るフルコースをいただきますの。あなたがた庶民のジャンクフードなんて足元にも及ばなくてよ」
「キィーッ! なによこの女!」
「あの……喧嘩しないでもらえると……」
天童はあらゆるヒロイン枠に囲まれて、引きつった苦笑いをしている。
「ああはなりたくないだろ?」
モブ4人組は天童の惨状を見て、悪寒に震えるのだった。
――あれが、主人公の末路だ。
「とりあえず、ぽっちゃり。人に優しくするのをやめろ」
「この世界では善行を働くと主人公ルートに入る」
「それはちょっと……」
戸惑うぽっちゃりに、「あの、熊田くん……」と話しかける女子の声。
「あ、花咲さん」
「よかったら、お弁当交換しない?」
「いいよ。唐揚げいる?」
「だから、それをやめろっつってんだよ!」
ぽっちゃりのお人好しぶりに、出っ歯が思わず叫ぶのであった。
――止まらない。




