第1話 席替えは危険だ
「席替えは危険だ」
唐突にメガネがそう言い出した。
彼の視線の先には、教卓に乗せられたくじ引きの箱がある。
「なんでだよ?」
出っ歯が怪訝な顔でメガネを見た。
「主人公化の危険がある」
「は?」
――とある学校の、とある教室。
後方の4つの席に、仲のいい男子4人組がいる。
「この後ろのあたり落ち着くよな」
出っ歯は頭の後ろで手を組んで、椅子に背を預けた。
椅子がギシッと軋んだ音を立てる。
「モブ密度が高い」
ソバカス顔のオタクがそう返した。
「モブってなに?」
のっそりした熊のような丸い体型のぽっちゃりが尋ねた。
「お前だよ」
出っ歯が短く答える。
「この世界には大きく4種類の人間がいる」
「まーた始まった」
メガネが2本の指でメガネのツルを押し上げると、出っ歯が呆れたように肩をすくめた。
メガネは気にせず言葉を続ける。
「主人公、ヒロイン、ライバル、そして我々モブだ」
「そんなのあるの?」
ぽっちゃりは目をパチパチさせた。
「主人公属性はイベント密度が高い」
「ゲームの説明か」
オタクの言葉に、いかにもだな……と言いたげに出っ歯が目を細める。
「三角関係とか文化祭とか」
「恋愛イベントが発生しやすい」
オタクの解説に、メガネが頷いた。
どうにもこの2人、同調しやすいらしい。
「普通じゃない?」
ぽっちゃりの発言に、他の3人は口を揃えて「普通じゃない」と唱和する。
「モブは基本的にイベントが起きない」
メガネは愛読書の恋愛ハウツー本を読み始めた。
「まあ、背景キャラだからな」
出っ歯はメガネに頷きつつ、「どこで買ったんだよそれ……」と突っ込む。
「名前も呼ばれない」
「え?」
ぽっちゃりはオタクの言葉に思わず聞き返した。
出っ歯は何でもないことのように言う。
「俺達だよ」
ぽっちゃりは一瞬だけ口を閉じた。
――それこそが、メガネの提唱する「モブバース理論」である。
もちろん、彼の妄想の可能性はあるのだが。
「主人公属性は名前で呼ばれる」
「モブは特徴呼び」
「メガネとか出っ歯とか」
「ひどくない?」
モブ3人の言葉に、ぽっちゃりは半信半疑といった状態だった。
「主人公属性は入学試験や入社試験で有利になるという噂もあるな」
「でも、それだったら、その主人公属性? になったほうがいいんじゃないの?」
「甘いぞ、ぽっちゃり。甘いものは和菓子までにしておけ」
メガネはレンズをキラリと輝かせる。
「主人公属性には、ある『ガチャ』がある」
「ガチャ?」
「……『ヒロインガチャ』」
オタクは少し顔色を悪くした。
「ヒロインにも色々ある。幼馴染、ツンデレ、クーデレ、元気っ子……」
「ああ、だが、絶対に引いてはいけないヒロインも存在する」
メガネは真剣な表情で言う。
「――ヤンデレ。アレを引いたら人生終了だ」
「あぁ~……」
出っ歯は察した。
「あと、主人公属性はシンプルに恋愛イベント多すぎて忙しい」
「まるで自分がなったことあるみたいに言うな」
「デート、フラグ、修羅場……」
「考えるだに恐ろしい」
オタクの言葉を受けて、メガネは腕を抱えるようにわざとブルっと震える。
「だから俺達は『主人公属性回避部』になってるわけだ」
「そんな部活、入った覚えねえよ」
「今考えた」
ちなみに、4人とも帰宅部である。
「おーい、お前ら席つけ~」
担任が入ってきて、朝のホームルームが始まった。
「高校も2年目だな。今日はちょうど半年が経った頃だし、席替えをしようと思う」
教師の発言に、クラスの生徒たちは浮足立っている。
担任はご丁寧にくじ引きの箱まで用意していた。
「席替えかあ。この4人で固まって座れないの、ちょっと残念だね」
ぽっちゃりがそう呟く。
浮かない顔をしているのは、メガネも同様だった。
しかし、彼は別方面の心配をしている。
「席替えは危険だ」
「え?」
「なんでだよ?」
メガネの言葉に、ぽっちゃりと出っ歯が疑問を呈した。
「主人公化の危険がある」
「は?」
「席替えで前に出たやつ、だいたい顔面偏差値上がるだろ」
「……あー、去年のあいつか」
オタクがそっと前の席の男子を見る。
天童という名の男子は、メガネが言うところの「主人公属性」代表のような男だった。
高校1年目に席替えで前方の席に移ってからというもの、様々なヒロインがお近づきになっている。
おかげで、彼は毎日ハーレム状態である。
「おい、そこの4人。早くくじ引け」
「あっはい」
教師に呼ばれて、モブ4人組は慌てて立ち上がった。
箱の中に手を突っ込んで、三角形に折られたくじを開く――。
「はい、席替え終わりー」
ざわざわと教室が動き出す。
「……」
気づけば、ぽっちゃりだけが前の席にいた。
「おい」
出っ歯が小声で呼ぶ。
「そこ、前じゃね?」
「え? あ、本当だ」
ぽっちゃりはのんびりと頷く。
そのとき。
「あの、熊田くん」
女子の声がした。
――3人の空気が止まる。
「……今、名前で呼ばれたよな?」
「始まったな」
「主人公化だ」
「名前がついた時点で、もう戻れない」
「っていうか、ぽっちゃり、『熊田』って名前だったのか」
モブ3人は息を潜めてぽっちゃり――熊田の様子を見守った。
「ごめんね、次の授業、教科書忘れちゃって……」
「あ、そうなんだねえ。じゃあ、あとで一緒に見ようね」
「ありがとう」
女子が控えめな笑みを浮かべる。
ぽっちゃりもニコニコと優しい笑みを浮かべていた。
「おい、メガネ。あの女子なんだっけ、名前」
「メガネをデータベースだと思ってる?」
「あの子は花咲さんだな」
「知ってるんかい」
オタク、出っ歯、メガネがひそひそと話し始める。
「名前があるってことはヒロイン属性だ」
「メガネの理論に従うとそうなるな」
「花咲さんは物静かで地味だがよく見ると可愛い系のヒロインだ。ぽっちゃりとは相性がいいだろう」
「問題は何ヒロインなのかだな」
「何ヒロインってなんだよ」
「さっきも話したろ。もしヤンデレヒロインだったら……」
3人はゴクリとつばを飲み込んだ。
ぽっちゃりの人生が、終わるかもしれない。
「ぽっちゃりを守らないと」
「主人公化を防ぐんだ」
「今こそ、主人公属性回避部の本領発揮だぞ」
「その部活には入った覚えないけどな」
――こうしてモブ4人の、『モブのままでいるための』戦いが始まった。




