投擲
「ヒガサちゃーん! ボールできたー!」
雨音をかき消す程のアマガサの声が、操舵室の中に賑やかに響く。その掲げた両手にはアマガサの顔より1周り程大きい茶色の大きなボールがあり、遊んでくれと言わずとも分かる笑顔を浮かべていた。
「学校で見つけて来たの? いいわ、遊んであげる。けどここは精密機器があるから、第二倉庫に行きましょう?」
「はーい! 先に電気つけて待ってるね!!」
台風のように、アマガサは操舵室から走って出て行く。
「ふふ。貴方はいつも元気ね」
艦艇の操舵を自動航行モードに切り替え、緊急アラーム設定をオンにして私は自室へ向かう。
「動くのに、ヒールは向いていないわね」
ドレスに至ってはもう慣れた。10年以上この系統の衣装を着続けて、自分の容姿もそれに見合うものになったと思っている。
「けれど、少し裾は上げておこうかしら?」
床スレスレのドレスの裾を上げ、履き替えたスニーカーが姿を現す。久しぶりね、ヒール以外の靴を履くのも。
「....ちゃんと動けるかしら?」
事務作業中心の人生で、1時間でも激しく動き回って来た事はあっただろうか? もしかすれば、私は自分が思っている以上に運動音痴かも知れない。
「それはそれで、アマガサなら笑ってくれそうね」
私はいつもと違う足音を鳴らしながら、待ち合わせ場所に向かう。
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第二倉庫はおっきな物を置くための部屋。つまり、今は何も無い広い空間ってこと!! 電気のスイッチを入れると、照明は瞬きするみたいにパチパチと光って倉庫を照らす。
「よーし! 物が何も無いから、全力でボールが投げれるね!」
ボールを床に投げると、あたしの身長以上にボールは跳ねた。ちょっとびっくりした。
「おっとと....これ結構跳ねるねー。天井とかに引っ掛かったりしないかな?」
あたしじゃそこまで届かなそうだけど、ヒガサちゃんなら届いたりして?
「来たわよアマガサ」
「ヒガサちゃん! このボールね! すっごい跳ねるんだよ!!」
倉庫の入り口から声がして、走ってヒガサちゃんの所に向かう。
「あ、ドレス短くなってる」
「運動するんですもの、少しは動き易い格好じゃないとね?」
「ドレスって時点ですごい動き辛そうだと思うけど....」
「長靴と雨合羽で潜航してる貴方が言う?」
「あ、そっか。じゃあ大丈夫だね!」
2人で倉庫の中心へ向かい、十分な距離を空ける。あたしは両手でボールを持って、頭の上から思いっきりヒガサちゃんに向けて投げた。
「キャッチボールしよ!! あたしが先行! えりゃー!」
ボールはヒガサちゃんまで届かず、でも床で跳ねて下から飛び付くようにヒガサちゃんの元に向かった。
「確かに、良く跳ねるわね。それ」
ヒガサちゃんは体と両手でボールを受け止め、片手でボールを持って高く投げる。
「わあっ! すごいすごい! ....しっかりキャッチ!」
転びそうな程に頭を上げて、後ろに下がりながら落ちて来るボールを受け止める。
「少し力んでしまったけれど、上手く取れたじゃない」
「えへへ。じゃあ次はあたしの番だよ! そりゃあー!!」
投げたボールはヒガサちゃんから大きく逸れて、でもヒガサちゃんがサッと走って、後ろの壁に転がる前にキャッチした。
「おお、ヒガサちゃんってそんなに動けたんだ!」
「自分でも驚いているわ。じゃあ....貴方はどうかしら?」
ヒガサちゃんはゆっくりと、でもあたしから離れた位置にボールを投げる。
「むっ! 絶対に取るんだから!」
転がるボール目掛けて、思いっきり走る。膝下まである大きな長靴を鳴らして、あたしは飛び込んでボールをキャッチした。
「うべべ....取ったー!!」
「....ふふ、元気ねえ」
「えへへー!」
少し困ったように笑うヒガサちゃんに、満面の笑みを返した。こうすると、ヒガサちゃんも笑ってくれるから。
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「ごくごく....ぷはー! あー、楽しかったー!」
「ふぅ....結構疲れたわね....」
かれこれ3時間、ぶっ続けのキャッチボールで遊んでいた。アマガサが飽きるまで....と思っていたら、私の体力の方が先に限界が来た。
「ヒガサちゃんすごい汗。初めて見たかも」
「....普段は、空調の効いた操舵室にいる訳だし....ふぅ....」
冷たい床の上に座り、壁にもたれ掛かって肩で息をする。かなり疲れたけれど、満足感はあるわね。
「その割には結構動けてたね? もしかして、昔はスポーツ選手だったり?」
アマガサは空になった水筒を振り、私の隣に近づいて来た。....今は汗臭いから、あまり近づかないで欲しいわ。主に私の。
「まさか....ずっと、資料整理だったわ....」
「へー」
目を閉じて、呼吸を整える。けれど、思ったよりかは動けたわね。
「ねーねーヒガサちゃん」
「ふぅ....どうしたの?」
もう一回やろうって言われたらどうしようかしら....。
「一緒にお風呂入ろ!! あたしがヒガサちゃんの髪洗ってあげる!!」
「…」
横を見れば、目を輝かせていたアマガサが居た。全く、しょうがないわね。
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「痒いところは無いー?」
「ええ、大丈夫よ」
1つしか無いシャワーの前で、あわあわのヒガサちゃんは椅子に座って前を向く。すべすべで真っ白な背中に泡が流れて、するりとタイルの上に落ちて行く。
「ヒガサちゃん真っ白ー。これ知ってるよ! 血色が悪い!!」
何かの本で見た気がする!!
「ふっ....違うわ、私はそう言う肌の色のなの。それに最近は日光も浴びていないし、日に焼ける事が無いのよ」
「そうなの? じゃあ血色は良いんだね!」
「貴方....血色の意味分かっているのかしら?」
「あんまり?」
血の色で血色だよね? 悪いってなると....血が白くなるとか?
「他も洗ってあげる―!」
「ふふ、じゃあお願いしようかしら?」
ヒガサちゃん、大分疲れてるのかも。よーし! じゃああたしが全身ピッカピカに磨いてあげる!!
「はーい! あたしに任せてよね!」
背中を洗って、左手を洗って....そして、次は右手だ。....。
「....右手の、大分薄くなって来たねー」
「....そうね。貴方が獲って来てくれる魚のおかげかしらね」
「えへへ、やったー。....早く、治るといいね」
「ええ....」
ヒガサちゃんの右手には、もう大分薄くなったけど怪我の後がある。そこだけは薄っすらと赤くて、右手全体に、蛇のように広がっている。....もう、3年くらい前だっけ?
「痒く、無い?」
「大丈夫よ。洗うの、上手ね」
「でしょー? あ、じゃあまた今度はヒガサちゃんに洗って欲しいな! あの全身泡塗れになるやつ!」
「ふふ、いいわよ。また次に、やってあげるわ」
「絶対だからね!」
「ええ」
ヒガサちゃんにお湯を流すと、とても気持ちよさそうにしていた。




